この映画は題名だけ見るとサスペンスだが、内容は決してサスペンスではない。バリバリのサスペンスを期待すると裏切られる。
ピアニストのシャルリの兄シコが何者かに追われシャルリのもとへ訪れ、シャルリも巻き込まれるサスペンス的な話と、シャルリがピアノを弾く店のウェイトレスのレナとシャルリの恋、シャルリの妻との出会いから死別までの3つの話から構成されている。そしてこの3つの話を繋ぐのは取り留めのない会話や心の独白である。例えば、「レナをバーに誘おうか」とか、「自分の着ているものが日本製」だとかといった具合だ。これは映画に出てくる人物全体に共通する。映画が始まってすぐにシコが街灯にぶつかって失神したところを助けた老人とシコの会話も、老人の奥さんとの馴れ初め話だし、なぜシコが追われているかもここでは語られない。ありふれた日常のなかの特別な1日を切り取ったような映画の作りになっている。そして、3つの話がありふれた日常の中に挿入されているといった構成が実験的でもあり、またそこがトリフォーの映画の洒落たところなのかもしれない。だが、ラストの雪山のシーンは逆に会話が抑えられ、映像だけで悲劇性をかもし出しており、一気にサスペンス的になる(ここがヒッチコック的)。
シャルリを演じるシャルル・アズナブールはピアノだけを愛する情けない男を上手く演じているし、レナ役のマリー・デュボアはさびしげで可憐な美しさが魅力。ジョルジュ・ドルリューの悲しげな音楽も最高。わかりやすいハリウッド映画が氾濫する今日ではかえって新鮮に思える作品だと思う。