ピアニストであり教育者でもある著者が、ピアノ専門誌「ムジカノーヴァ」に連載したエッセイをまとめたもの。
まずは、「曲げた指 のばした指」という、いわば基本奏法上の二大政党論からはじまる。そこから、「右手の中指」「左手の親指」「指の第一関節」「手首」「肘」…、「椅子」「ダブルアクション」「ペダル」から果ては「湿気とタッチ」「拍手の間(ま)」「レコーディング」などなど、徹底的にフィジカルなものがテーマになる。
だからピアノを実際に演奏する人向きと取られるかもしれないが、私のように聴く一方の音楽ファンにとっても大変面白かった。ツェルニーの「曲げた指」からショパンの「のばした指」奏法の開拓が新たなピアノ楽曲を生んだということや、意外にも若い頃のポリーニが「曲げた指」だということなど、作曲家、演奏家の系譜やスタイル、音のテクスチュアを理解するうえでも実に様々な示唆に富んでいて教えられたことが多い。著者がスポーツ好きだというのも、身体的鍛錬の大切さや教育論に結びつき、その類似やたとえ話はとてもわかりやすい。
音楽批評は、ともすれば楽曲解析や高邁な芸術論か、そうでなければ独りよがりの名演、名盤ものばかりが世にはびこるが、演奏者の現場を知らないコンサートゴアーにとって本書は貴重なニッチをついていると思う。