「本書は、プロ・アマ問わず、ピアノが好きな人、もっと上手になりたいと思って練習を続けている人、あるいは、むかし習っていたピアノを再開したいと思っている人たちのために書かれた本です。」(はじめにの冒頭引用)と書かれていますが、これは対象を欲張り過ぎだと思います。タイトルを『ピアニスト岩崎淑の毎日の基礎練習帳』にした方が適切だと思います。なぜかといえば、この本に書かれていることを要約すれば、室内楽ピアニスト岩崎淑の人生経験だからです。
岩崎淑のピアニスト人生とは、とても優れた指導者や演奏者との出会いに恵まれた幸運なものだったと思います。幸運な出会いを生む資質に恵まれた人なのだと想像できます。そういったことが本書の通奏低音です。趣味でピアノを楽しむ人には、エッセイとして楽しめる内容だと思いますが、主観的な視点から客観的な観点への飛躍がないので、私は物足りなさを感じました。コンクールの話などは中村紘子の著作、文章力としては青柳いづみこの著作の方がはるかに読み応えがあります。
ずっと1人の先生について習うのではなく多くの先生から学んだ方がよい、と書かれているのは全くその通りだと思います。著者は多くの指導者や演奏家から幅広く学んでいます。ただこの本を読んで感じたのは、基礎練習についても、その後の演奏活動についても、著者自身が練り直したものというよりは、父親や恩師の教えをそのまま伝えている部分が多いということです。ハノンを活用した毎日の練習方法も普遍的な方法とは思われず、何十年も昔の方法を現在そのまま薦めることには、疑問を感じます。
そして著者が子供の頃、父親の出勤前の朝7時頃から練習していた話を紹介して、効果的な方法として「朝練」を読者にも薦めています。これは日本の住宅事情を考えれば、一般的に薦められる方法ではありません。(このあたりも客観性に乏しいと感じた理由。)
それからヴァイオリンやチェロと演奏する際、伴奏者という言葉を使っていますが、ソナタなどの室内楽では伴奏という言葉(認識)は適切ではないと思います。
行動的で努力家ではあるが、基本的には受動的な演奏家だという印象を持ちました。それが室内楽には向いていたのかも知れません。