数年前の年末、NHKBSでニルソン女史のドキュメンタリーを放映していました。そのときも、知的でエレガント、それでいてユーモアたっぷりの姿を見せてくれていたのを記憶しています。そこでは、この本でも紹介されているコレルリとの対談も含まれていました。偶然見たので録画もしておらず、再放送してもらいたいものです。1967年に大阪のフェスティバルホールで行われたバイロイト引越公演では著者ニルソン女史がイゾルデを歌い、たった一人の声であの大きなホールの壁を鳴らしたのには仰天しましたが、この本では指揮のピエール・ブーレーズがほとんど何の準備もなくやって来たために、トリスタン役のヴィントガッセンとともにブーレーズの指導(?)をしたことが書かれています。初めてトリスタンを演奏する日本のオーケストラと書かれているのは、NHK交響楽団のことです。マルケ王はハンス・ホッターという豪華メンバーの公演で、初めてワグナー・オペラを生で見た私は感激をしましたが、この本によれば失敗公演だったみたいです。ワグナーの孫、ヴィーラントとヴォルフガンクの確執もさりげなく書かれていますし、どちらにも組しないニルソン女史の冷静さも見事です。カラヤンの強引さに対する嫌悪感を示しつつも、高い音楽性に対してはきちんと評価するところも、クレバーな彼女らしいところです。この本には書かれていませんが、イゾルデ役を演じていたときに、倒れた胸の上にホテルから持ってきた「Don't Disturb」の札を乗せてトリスタンを笑わせたという逸話の持ち主であるニルソン女史のことですから、笑いをこらえるのが必死の挿話がふんだんに盛り込まれています。(電車の中で読むのは危険です)その冷静な彼女が、唯一、実名を挙げて露骨に不快感を示しているのは、リングの録音で有名なカルショーに対してですが、詳しくは読んでお確かめください。そのほかにも、よき思い出が残っている共演した歌手、指揮者の名前がふんだんに出てきます。この辺も、音楽好きにはたまらないところです。