米国人が整形中毒に陥った背景をかいま見る事が出来る。
結論から言えば、本人だけの問題ではなく社会環境の変化も大きな原因である事が分かる。
最初の方は(この手の本にはありがちなリスクの強調ではあるが)、安易に使っても安全かのようなイメージの定着したボトックス注射の真相や、ニセボトックスが毒素が致死量にまで達し被害を受けた人の話、整形サファリツアーに参加する人々の様相(美とは無縁の安いお買い物ツアーに行く人々の行動のようながさつな印象)、そして美容整形の歴史も詳しく書かれており、当初は戦争で顔の一部を吹き飛ばされたり失った人たちを救う技術であった事などが記されている。
ボトックスが安価になったのは、儲け主義の人々が"人体に使用不可"のニセボトックスを売り始めるなど安価で手軽になった事のリスクも書かれている。しかしボトックスは所詮毒素なので致死量に至れば、肺までもが麻痺し手だてもないまま窒息死するなどかなり死に様は悲惨なようだ。
整形中毒者が生まれる背景として、米国人は生涯平均的に11回も引っ越すようになり、離婚率は1900年代の7倍、50歳60歳でも独身でデートの駆け引きをしなければならない、一つのことに集中していられる時間は短くなってしまった、会社も生涯で7つの職種を平均で経験するなどの環境が、自分の世評を名刺代わりとしてあてに出来なくなり、頼れるものは容貌と好意的な第一印象を与える能力しかなくなった。と著者は指摘している。
日本も、このままでは同様の整形中毒者を生み出す土壌が生まれる可能性は大いにある。
単に「美」に取り付かれた人々の哀れを読むだけの本かと思ったが、これから10年20年先の日本を作っていくにあたり、何を人生の価値として大切に生きていく事が幸せなのかを考える機会を頂いた。
ちなみに、彼らが求めているのは「美」だというが、美しいたたずまいはひとかけらも感じられない事が「哀れ」とタイトルに書いた理由である。