99年NYは Knitting Factory で初めてライブを聴いた時の NdegeOchello は、「私に一体何を期待してこんなに集まってくれたのか知らないけど、好きなようにやらせてもらうから。」とギターを相手に音あわせをするように気まぐれなベースをボツボツと続け、その余りの茫洋さと取り付く島のなさに返って関心してしまったほどだが、同じ99年のこのサードアルバムは1曲目に「Adam」10曲目に「Eve」をおいて、その間に起こる悲しみ・喜び・後悔・自責といった激しく揺れる感情を時間をかけてゆっくりと音に置き換えていく、NdegeOchello流ファム・ファタルの雰囲気さえ漂うさすがの出来。
感情の少しの動きでさえも不可能に思えるほど心が沈んでしまった時にはこのアルバム。一度も高ぶることのない抑制の効いたブラック・ミュージックが、あたかも共振作用のように、疲れて静止しきった心に少しづつ動きを取り戻させてくれる。アコースティックだけでなく静かながらよく聴くととても贅沢に音が使われていて、その全ての音に必然性が感じられるところが NdegeOchello だ。