内容紹介
ひたむきに、真っ直ぐに、生きていく人たちがいる。
自らのビジョンに向かって突き進み、
彼らは新しい時代を切り拓く。
彼らは、世界に変革を巻き起こす。
そんな人々を、「ビジョナリー・ピープル」と呼ぶ。
ネルソン・マンデラ、ダライ・ラマ、ジミー・カーター、
リチャード・ブランソン、ビル・ゲイツ、
スティーブ・ジョブズ、ヨーヨー・マ、U2のボノなど、
世界各国、200人以上のビジョナリー・ピープルに、
歴史的名著『ビジョナリー・カンパニー』の著者らが
10年間にわたりインタビューを実施。
徹底した分析により、成功者の条件を明らかにした。
人は、何のために生きるのか。
私たちは、いかに生きるべきなのか。
自分の道をすすむ勇気が湧いてくる。
メディア掲載レビュー
自分の心の声を聞くよりも、世に言う「成功」の定義を軸に、
考えてしまうことは、ないでしょうか。
本書の中に登場する人々は、みな、世間的な評価を
気にすることはなく、自分が信じられること、
やりがいを感じることに集中して、
人生を歩んできた人たちです。
言ってみれば、自分にとっての「成功」とは何かを
自分のものさしで見極めることができた人たちです。
「世に言う成功」は、あくまでその結果として
ついてきたものに過ぎない、と彼らは言います。
自分にとって「成功」とは何か、
あなたなら、どう答えるでしょうか? --出版社からのコメント
「眠れない夜が明けるとまた悲惨な朝がやって来た。資金が底をつき
始め、私のために働こうとわが身を投じてくれた人たちみんなのことが本当に気
になって、かたときも頭を離れなかった。彼らは万難を排して私のために集まる
と、夜を徹して働き、自分たちの家族のためにも何とかやりくりをしようとし
た。この重圧からは逃れようもなかった -- オフィスに向かう途中で足が動かな
くなり、排水溝に吐いたこともある」
それまで生きてきた中で、あくまでも夢を追いかけるというのがこれほど困難な
ことはなかった。エド・ペンホートは生化学者として教授として何不自由のない
生活を送ったあと、起業家に転身し、創業間もない企業を経営してなんとか黒字
を維持してきた。ところが事態はよくなるどころか悪化しそうな勢いで、同じよ
うに苦しんでいる企業と合併するか、あるいは完全にあきらめるか、という策を
真剣に考えるようになっていた。
なんとかものにしようと1日24時間365日働いた成果が、跡形もなく崩壊する屈辱
を味わう寸前のところにいた。すべてを失いかねない。富や名声といった伝統的
な意味での成功ですら、この時点では絵に描いた餅に過ぎなかった。ペンホート
の目前に迫っているのは、成功とは文字どおり裏腹のものだった。辞書でいう
「成功」の意味なら、彼は0点だっただろう。
それでもなぜペンホートは頑張ったのだろうか。
「富、名声、権力の獲得。」
これが、今日の成功の定義だ。筆者は、この定義こそ、生活や仕事にとって潜在
的に有害な処方箋だと考える。もしこの定義が人生におけるあらゆる意義を測る
ための基準になっているのなら、人は、その記述のせいで、成功ではなくむしろ
失敗だと感じてしまうのだ。
永続的な成功をおさめている人たちは、何を「成功」だと考えているのか。
成功の本当の定義とは何なのか。 --抜粋
著者について
スタンフォード大学ビジネススクール名誉教授。ジム・コリンズとの共著『ビ
ジョナリー・カンパニー』は25か国語に翻訳され、全世界で100万人以上の読者
を獲得。専門は組織行動・組織変革。世界をめぐって経営者に対して先見性のあ
る企業についての講演を続けている。
●スチュワート・エメリー
ヒューマンポテンシャルムーブメント生みの親のひとり。アクチュアライゼー
ションズ社の初代CEO。多数の国でセミナーを開催、これまで30年の間に12,000
人以上の人たちを指導。コンサルタントとして、一世を風靡したマスターカード
の"プライスレス"キャンペーンを主導した。
●マーク・トンプソン
コーチ/アドバイザー。シュワブドットコムの元エグゼクティブ・プロデュー
サー。本書の基礎となった数多くの資料を、世界中のビジョナリー・ピープルと
の個人インタビューを通して収集分析。フォーブス誌による評価では、アメリカ
国内一流のベンチャー投資家とされる。
抜粋
始め、私のために働こうとわが身を投じてくれた人たちみんなのことが本当に気
になって、かたときも頭を離れなかった。彼らは万難を排して私のために集まる
と、夜を徹して働き、自分たちの家族のためにも何とかやりくりをしようとし
た。この重圧からは逃れようもなかった -- オフィスに向かう途中で足が動かな
くなり、排水溝に吐いたこともある」
それまで生きてきた中で、あくまでも夢を追いかけるというのがこれほど困難な
ことはなかった。エド・ペンホートは生化学者として教授として何不自由のない
生活を送ったあと、起業家に転身し、創業間もない企業を経営してなんとか黒字
を維持してきた。ところが事態はよくなるどころか悪化しそうな勢いで、同じよ
うに苦しんでいる企業と合併するか、あるいは完全にあきらめるか、という策を
真剣に考えるようになっていた。
なんとかものにしようと1日24時間365日働いた成果が、跡形もなく崩壊する屈辱
を味わう寸前のところにいた。すべてを失いかねない。富や名声といった伝統的
な意味での成功ですら、この時点では絵に描いた餅に過ぎなかった。ペンホート
の目前に迫っているのは、成功とは文字どおり裏腹のものだった。辞書でいう
「成功」の意味なら、彼は0点だっただろう。
それでもなぜペンホートは頑張ったのだろうか。
「富、名声、権力の獲得。」
これが、今日の成功の定義だ。筆者は、この定義こそ、生活や仕事にとって潜在
的に有害な処方箋だと考える。もしこの定義が人生におけるあらゆる意義を測る
ための基準になっているのなら、人は、その記述のせいで、成功ではなくむしろ
失敗だと感じてしまうのだ。
永続的な成功をおさめている人たちは、何を「成功」だと考えているのか。
成功の本当の定義とは何なのか。