本書は、マケドニアのクルビノヴォ村のゲオルギオス聖堂(1191年に着画)と、キプロスのラグデラにある聖堂(1192年)の内壁に描かれたビザンティン聖堂画の解説書であり、1000年近い中世ビザンティン聖堂美術の解説書ではない。寧ろ、これら二つの聖堂に素人が観光に行っても、十分意味を理解して鑑賞できる、異常に詳しい聖堂発行の日本語版観光パンフレットをイメージした方が購入に間違いが無いと思われる。少なくとも体裁はそのような内容である。写真のうち、77枚の殆ど全部がこの二つ聖堂画のカラー写真で、数枚比較対象の為に他のビザンティン聖堂画や、ルネッサンス画家の写真が掲載されている程度で、カラー聖堂画写真のページ(全頁の1/3にもなる)は、必ず一ページ全体が写真となっていて、印刷も良い。一方聖堂の概観は7枚で、文章と混在しているものも多く、紀行文的なものは冒頭に少し出てくるだけである(ただし、ネットに「キプロス美術史紀行」というサイトがあり、浅野和生・益田朋幸両氏の研究旅行訪問記があり、本書に掲載されていない聖堂写真が豊富で併せて利用すると効果的である)。
このように書くと、「その二つの聖堂を訪問しない者には関係ないのか」と思われてしまうが、本書は聖堂内壁画全てを徹底解説しているので、演繹的に他の聖堂美術、更には西欧ルネッサンスのイエス/マリア関連絵画を見る時にも参考にできる。ビザンティン聖堂絵画は、内壁全部に描かれたイエスやマリアの伝記物語と言えるが、その主要な題材を解説してくれるので、他の壁画・絵画の理解にも役立つのである。p131に、37の題材が書かれている北イタリアのスクロヴェーニ礼拝堂と16の題材しかないクルビノヴォとの題材一覧比較表が掲載されている。この表が題材の全てでは無いにしても、多くの聖堂画の題材は、ほぼこれに含まれると思われる。私は美術史に詳しくない素人ですが、本書はただ二つの聖堂画に徹底していて中途半端なところが無い故に、ひとつの基準として他の鑑賞にも利用可能だと思えるのである。
冒頭の30頁程の中世画の解説も美術史に疎い私には大いに参考になった。以前「
わたしの名は「紅」を読み、16世紀イスラーム画とルネッサンス画の相違が、技術以前に、「神の視点で描く」ことと「見たままに描く」ということの思想的相違であることを知り衝撃を受けたが、本書でも、中世美術は「そうであるように」描くという点がイスラーム画に共通しており、中世画を古代ローマの画と比べると、写実性が後退し、それは技術的後退のように考えていたが、思想的要因が重要なのだと理解できた。
本書で知ったハンガリーの、ルネッサンスから19世紀の欧州画家の膨大な絵が見られるサイト、www.wga.hu を知ることができたのも収穫。なお、本書は、専門用語は初出で説明があり、再登場時にも説明があるが、やはり索引があると良かったと思う。