「ミツバチのささやき」
寡作で知られるヴィクトル・エリセ監督の長編第一作は検閲を潜りぬけ
サンセバスチャン映画祭入賞を果たした。
セリフの少ない寡黙なこの映画は、主役を演じたアナ・トレント抜きでは語れない。
アナ・トレントは映画の中の「少女アナ」に投影され、観客もそれを受け入れて物語は進行する。
彼女は自身として精霊と向き合うのである。
「私はアナ」、フランコ政権の下で抑圧された知識人たちの呻きが、少女アナの精霊たちへの
語りかけとなって昇華する。
撮影当時の様子がエリセをはじめ、周辺の人々によって語られる特典映像は必見。
すっかり美しく成長したアナ・トレントが当時のロケ地をリポートする。
美しい田園風景と少女のまっすぐな視線がこの映画の全てだ。
「エル・スール」
色彩、光と影、音楽との調和、構図、それらの全てが紡ぎ出す美しい映像、
娘によって語られる父の物語は断片的で曖昧さを孕みながらも、
エディプス・コンプレックスもののような大時代的陳腐さはない。
ダウジングの名人で幼い時にはゆるぎない存在だった父、
彼が心の奥深く封印してしまった故郷の記憶、
ある女性との再会を娘が垣間見た時、彼女にとって父は別のものに変貌する。
父との距離は埋まらぬままやがてある結末が訪れ、娘はボストン・バッグに父の思い出を忍ばせ、
彼の故郷である「エル・スール」、南へと旅立つ。
スペイン内戦の影を落とす父の物語は、祖母に付き添う家政婦ミラグロスによって
ごく部分的ながら語られる。
政治(内戦)に全も悪もない。勝ったほうが善なのだと、、、。
ミラグロスこそ「祖父と父」との対立を知る人物、祖母とともに「エル・スール」で暮らす彼女が
娘にその全容を語り伝え、娘はやがて父の哀しみのありかをダウジングのように探り当てることだろう。
そんな予感だけを残して映画は終わる。
父の哀しみ、それはエリセ自身の哀しみだ。
父と母と娘、そして「ミツバチ・」にも登場する家政婦ミラグロス、登場人物の構成も
「ミツバチ・」をほぼ踏襲、10年の年月をかけて練り上げられた連作である。
映像作家エリセの20年、それはフランコ政権下におけるスペイン知識人たちの長く昏い呻吟だった。