3代目春風亭柳好人呼んで野ざらしの柳好は、1887年(明治20年)生まれ。 1956年(昭和31年)に逝去した。
僕は昭和30年生まれだから間に合っていない。しかし話に名高い柳好とはどんな噺家なのか。
一聴、はっきり言って話は上手ではない。
この柳好、6代目柳橋(当時小柳枝)、2代目小文治と並び「睦の四天王」8代目桂文楽も
「楽屋で聞いても上手いとは思えません。でも、もう、あの、ぱあっとしたはなやかさは何なんでしょうねえ」というほどだ。
話は下手だが、柳好はそれを上回る独創をした。
「歌うように話すのだ」
花が咲いたかのように艶やかかつ華のある高座で、「唄い調子」と言われる流麗な口調が独特。
ただし人物描写や心理表現といったものは皆無で、批評家の評価は低く、人気のわりには高い評価を受けなかった。
出囃子は「梅は咲いたか」。出囃子が流れだすと客席は「柳好だ」と期待にどよめきだし、
本人が高座に出ると拍手の嵐となったそうだ。
こういう芸人さんを「フラがある」という。華があって遊びがあって面白みがあって、
でも、それは音だけからはほんの少ししかわからない。
一時、噺家をやめて幇間(たいこもち)をしていたと言うが、きっと人気があったろう。
収入も噺家より良かったかもしれない。
きっと自分の人気は「フラ」にある。と自覚していたのだろう。
行ってみれば個展をやるアドリブをしない林家三平である。
(ただし、三平さんはアドリブに見せていただけでアドリブではなかったけれど)
一聴の価値、大いにあり。異端の噺家である。