2008年正月明けに、ニュージーランド(NZ)の誇る登山家ヒラリー卿が米寿
(88歳)を全うして、この世を去った。NZの北島に住む養蜂家の息子の一人
として生まれた彼は、少年青年時代は、父や兄と一緒に養蜂に従事していた。
そのうちに、山歩きが好きになり、南島にあるニュージーランド最高峰のクック
山(海抜3754メートル、槍ヶ岳のように切り立った岩山)の冬山登山に
挑戦した。以後、登山が病み付きになった。そして、1953年の春に、英国の
エベレスト登山隊にスカウトされる。この英文自伝「我が半生:エベレスト登頂
まで」は、もともと1955年に初版が出版された。ネパール出身のシェルパ、
テンジン・ノーゲイと一緒に史上初めて、世界最高峰エベレストをいかに征服し
たかが、彼自身の手で描かれている。
その圧巻はなんと言っても、頂上の直ぐ数百メートル下にある肩(サウス・コル)
から、めざす頂上までの中間にある最後の難所(今日「ヒラリー・ステップ」と
呼ばれている)をいかに克服したかを、熱っぽく語る手に汗を握るくだりである。
当時まだ小学生だった私のために、(アマチュア登山家であった)父がこの原書
を読んで、その場面を邦訳して説明してくれたのを、今でもはっきり憶えている。
以後、私も登山に病み付きになった(もっとも、エベレストには挑戦したことは
ないが)。
ついでながら、この歴史的な登頂に同行した有名なシェルパ(テンジン)の孫夫婦
(やはりヒマラヤ登山家)が綴った「テンジン:エベレスト登頂とシェルパ英雄伝」
が、登頂50周年を記念して、出版されている。"シェルパ民族"の側からみた
「ユニークな」エベレスト登山観も、読み比べてみる価値があるだろう。