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2 人中、2人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
個人のエラー、組織のエラー,
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This review is from: ヒューマンエラーは裁けるか―安全で公正な文化を築くには (単行本)
原著のタイトルは、JUST CULTURE: Balancing Safety and Accountability である。 翻訳の表題『ヒューマンエラーは裁けるか』は、本書の数ある問題提起や主張の中でも、パイロットや医師などの職務上のエラーの法的責任を免責することだけを、全体の文脈を考慮することなく殊更に言い募っているようにも聞こえる点がややミスリーディングであり、原題の方が本書の主張を的確に言い表しているように思う。 本書を評価するうえで、医療・交通などそれぞれの職業分野において技術水準の維持・向上を求める高度な職業倫理の存在が、主張の大前提となっている点を見落とすべきではない。 著者は、こうした職業倫理が機能していれば生じなかったであろう「規範的エラー」と、関係者が十全に職務を果たしてもなお防ぎきれず、業務体制の改善の契機となる「技術的エラー」とを峻別し、前者については厳しい目を向けている。 本書では主として航空機事故と医療事故を題材として取り上げているが、旅客機の運航も医療行為も、ほとんどの場合において航空会社や病院という人的要素と物的要素の有機的融合体である「組織」が業務インフラを提供して初めて可能となる。 組織の責任は、事故を起こした業務に携わった複数の個人の責任の総和ではない。 高度技能職の職務上の事故においては、事故が組織にとって「規範的エラー」と「技術的エラー」のどちらであったか、組織が──象徴的には経営者が──社内の意思決定のプロセスや業務インフラに照らして判定し、社会に示していくことこそが、説明責任(accountability)の本質となる。 本書の問題提起は、高度技能者に業務を依存する全ての業界で、組織として説明責任を果たすための体制や業務フローの構築──例えば、記録の保管体制を整備することも重要な取り組みになる──を求める警鐘と受け止めるべきであろう。「民刑事の法的責任の免責と司法の可及的排除」の当否だけで本書を評価するのでは、事故処理を巡る不祥事が後を絶たない日本社会に暮らす我々は、本書から学べることを自ら制限することになるのではないかと思う。
1 人中、1人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
どこに線を引くか、そして誰が線を引くか,
キッズレビュー
This review is from: ヒューマンエラーは裁けるか―安全で公正な文化を築くには (単行本)
どんな仕事であっても、ちょっとしたミス、いわゆるヒューマンエラーで何らかのトラブルが起きることがある。
しかし、そのエラーが重大被害を引き起こすような専門職であった場合、それを犯罪として扱うべきかどうか。 これは技術が発達した現代において、非常に難しい問題である。 ミスにもスキル不足によるもの、怠慢によるものの2種類に大別できるが、これを見極めるのは難しい。 専門性が深まれば深まるほど、本質的な問題がなんなのかを専門外の者が判断することはまずできない。 技術者としての立場から著者の主張する「誰が線を引くか」を決めることに共感を感じる一方、実際に被害にあった場合にはそれで割り切れるだろうかという相反する意見が同居してしまう。 確かなことは、改善のための情報共有を妨げるようなシステムにならないよう十分な配慮をすべきであるということだけである。 それほどこの本が取り上げる問題は複雑であるが、真剣に取り上げられるべき重大な問題である。
6 人中、4人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
“組織の問題点としてのヒューマンエラー”を判断する基準は何か,
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This review is from: ヒューマンエラーは裁けるか―安全で公正な文化を築くには (単行本)
他のレビュアーの方がJR西日本での脱線事故傍証として書かれていたので、時期を同じくして起きたあるソフトウェア会社の問題に即してレビューを書かせていただくこととする。
その会社はそれ以前にも何度か同じ事故を起こしその度に記者会見を開いては“謝罪し”今後の注意喚起を表明してきた。しかしながらその実態は全く改められてはいなかった。日常的に更新されるウィルスパターンを作る際の基本的な手順として (1)新たなウィルスが世界の何処かで作られた場合、その情報を確認する。 (2)そのウィルスを分析する。 (3)その対処プログラム(ウィルスパターン)を作成する。 (4)対処プログラムを検証する(ウィルスに対して有効か、コンピュータの動作に支障はないか)。 これが一般に考えられるプロセスであろう。にもかかわらず、この会社は(4)のステップを踏んでいなかった。この結果“販売本数第1位”を標榜していた自信はユーザーによって不信へと変わってしまった。この会社の起こした問題はこれだけではなかった。事故原因を発表したが、起きてしまった事実に対する姿勢が改めて問われる結果となった。“当社としての損害賠償責任はない”として全ての訴訟を拒絶するに至った。 本書では医療事故と裁判を実例として叙述が進められる。スウェーデンで起きた医療事故の原因が一人の看護師に全て負わされる可能性を大きく秘めた裁判だった。 ここで問題となるのは“法廷”という場の性質である。被告の立場からは“真実を明らかにする場所”が法廷であるのに対し、法廷の側は“司法手続きと法解釈”がその場であると主張する。 法を司る立場の人には医療の現場の問題がおよそ理解の域を越えていることも理解できないだろう。患者の病状そして治療のプロセスが細かく説明されればされるほどその乖離大きくなる。“なぜその患者が死に至ったのか”とのプロセスを知らない限り、その結果には雲泥の違いが生ずる。業務上の過失か意図的か、それによって被告に対する刑罰は大きく異なる。 法廷は“行為によって生じた結果”を吟味する場でありまたそうでなければならないはずである。そしてその行為はプロセスを緻密に分析した結果でなければ全く意味のないものである。 “判断の基準を何処に置き、何に求めるか”これが本書の問い掛けるテーマであり、その一つの可能性を“説明責任”に求めることができる、と跋文を書いた柳田邦男氏は語る。 ユーザーからカストマーセンターに寄せられるクレームや質問は企業にとって大きな財産でもある。そのことを今の経営者がどれほど理解していることだろうか? 見せかけの“顧客重視”情報の隠蔽と同義であり、いずれは化けの皮が剥がれる。本質的に大切なことは組織内部での風通しの良さに立脚した情報の共有に始まる。そして何よりも優先されるべき判断基準は、組織としての社会に対する説明責任であり社会の良識に対して自らがどう向き合っているかとの自己検証の姿勢である。
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