2巻では主人公とは知らないところで殺人願望のある青年(過去に一人殺した)が動き始めている!!みたいな内容。「また同じ設定かよ」とか「どうせうやむやに終わるんだろ」という批判の声が多い。そして「どうして毎回同じ設定なのか」という声もあるけど、どうしてか。それは単純にこういう日常に起こり得る設定って逃げやすいからではないだろうか。『不平不満など一切語らず、黙々と働きながらも、まだ出会えぬ夢や希望を遠い目で眺めている青年(講談社のサイトより抜粋)』が美人と付き合うことで小さな幸福を手にしていく一方で殺人と関わっていく。もしかしたら我々にだって幸福と同時に不幸が舞い降りるかもしれない。幸福と不幸は常に隣り合わせだ…みたいな。この「起こり得る」だとか「もしかしたら」って言葉、すごい厄介。いくら腑に落ちない終わりで抗議が来ても「日常の中で自分自身がもしかしたら起こり得るかもしれない出来事なんだから」って言えばなんとか収まるし。だけど責任逃れだよなぁ。シリアス漫画を下に見るつもりはないけど「シリアス漫画だからってダラダラ書いてんじゃねえよ」ってケツ蹴ってやりたい。
どうでもいいけど講談社のサイトから抜粋した文章を読み進むと「テーマと文章から予測すると、前作と同じような路線になりそうですね」と書いてあったのには笑ったが、更に読み進むと「何にせよ、新連載開始は嬉しいところ」だって。作品以外でここまで面白くなるのはもしかして作者の計算?