太平洋戦争が終結して5年が過ぎたワシントン州のある島で、漁師カールの遺体が海から引き上げられる。容疑者として起訴されたのは日系人の漁師カズオ。カールとは幼馴染であったが、戦中のアメリカ政府による日系人強制収容政策の頃から二人の関係はぎくしゃくしていた。
事件の真相を独自に追う地元紙の記者イシュマエルは、カズオの妻ハツエと一度は契りを交わした仲。ジャップという蔑みの言葉がいまだ何の躊躇もなく日常生活で飛び交う時代に、イシュマエルは果たして事件の真相を明らかにできるのか…。
人種的偏見が多分に行方を左右すると思われる法廷劇と、アメリカが自国の市民に対して行なった「戦争犯罪」とをからめて描く、なかなか骨太な社会劇です。
日系アメリカ人のマンザナール収容所送致政策、その政府の失政に矢を放つジャーナリズム、そしてそれを売国奴よばわりする白人社会。こうした構成要素を実に丹念に積み重ねています。こうした自国の恥部を描くことに対して臆するところがないというアメリカの民主主義の健全さを、日本の映画界ももっと学ぶべきだと思います。
法廷劇としては大きな起伏はありません。被告側弁護人によって諭すかのように静かに語られる言葉を、ひとつひとつ噛みしめながら味わう必要がある大人の物語といえます。
残念ながらこの映画には少々勇み足の部分があります。マンザナールは日系人強制収容所の代名詞として人口に膾炙しているのは事実ですが、かといってこの映画の舞台であるワシントン州の日系人が収容されたのはそこではありません。ハツエたちが送致されたのはアイダホ州のミニドカ収容所であったはずです。マンザナール以外にも多くの日系人強制収容所が存在したということを知らしめる絶好の機会が失われてしまったのは惜しまれます。