この作品が封切られたのは1980年11月。当時私は、この作品の舞台である京都で医学生をしていた。解剖学の小テスト(といっても毎回非常にハードだった)が終わった日の最終回上映に、友人数人と観に行った覚えがあるのだが、記憶違いかもしれない。記憶が正しければ、封切りからずいぶん経っている。そういえば封切館ではなかったように思う。
私はノンポリでクラブにも所属せず、勉学中心の学生であったから、登場人物の生活とはずいぶん違っていた。それでも当時の大学生活が彷彿とされて懐かしい。ロケ地の多くは馴染み深い場所である。京阪電車が地上を走っていた。荒神橋から見た鴨川の景観は今も大きくは変わらない。私たちには携帯電話などなく、CDすらなかった時代である。
何でもない場面で目頭が熱くなる。私は作品を見ながら、当時の私たち自身を見ているのだった。若さとは稚さでもある。学生運動で将来を誤らなくても、錯乱などしなくても、自殺などしなくても、いずれ時間が解決してくれたのに、狭い視界を世界のすべてと思いこんで突っ走るのが若さである。青春とは大人への不安定な過渡期に過ぎず、決して美しいものではない。この危険な時代をうまく乗り切れた私たち「生き残り」は、単に運がよかっただけかもしれないと思う。この作品が今の私に与えてくれたのは感動ではなく、今こうして大人の生活を続けている自分が当時を思い、「思えば遠くへ来たものだ」と感じた、その衝撃であった。