よく言われるのは、最後のヒトラーは正気を失っていたと言われたますが、この作品の原作になった秘書(最後に本人の言葉もありました)の話では、少なくても常軌を逸していた訳ではなさそうでした。ただ最後の瞬間まで敗北を認めないために、現実逃避を繰り返している男のようでした。秘書らの身を気遣い、脱出を勧めるなど、従来のヒトラー像からは見つけることの出来ない姿が語られてます。
また彼の側近には、最後の瞬間まで彼に忠誠を尽くす者がある一方、処刑をおそれるあまり、現実的な意見を述べない者など人間の裏表もきっちり表現されていました。その意味でこの作品は追いつめられて人間像を表現していると思います。
ところで、この作品の中でヒトラーとゲッペルスの台詞に、『たとえ市民が死んだとして、それは彼らが選んだことではないか!』というせりふがあります。
ヒトラーとゲッペルスによるナチス政権は、正当な選挙により選ばれています。(その後にクーデターまがいのことをしてますが)。実はこの一言がこの映画で強く印象に残りました。
たとえばフランスのナポレオン(フランス革命後頭角を現し、その後フランス皇帝に即位)は市民に押され皇帝となった。第二次大戦中であればヒトラーやムッソリーニも正当な選挙により選ばれている。
民主主義国家において、市民の無関心は政治の暴走を生む可能性があるだけに、その結果がどのようになったかを知るにもこの映画は最適だと思います。