ナチスが巧みな宣伝工作によって国民を騙した/欺いた/洗脳したといった主張を本書は退け、「積極的に」ナチスに協力していくプロセスが丹念に立証されている。もちろんナチスは注意深く世論を見極めながら政策を打ち出していくが、国民はナチスの政策がどのような犠牲者を生んでいるか知りつつも、積極的に支持することに変わりはなかった。例えばナチスの意図を超えて(ナチスが自重を促したほど)多くの国民がゲシュタポへの積極的な密告者となった。密告されたものがどういう末路を辿るのか知りつつ、家族、友人、同僚を密告した。国民はナチスに騙されたのではない。普段から気に食わない相手をユダヤ人支持者だと訴えるような憎悪の連鎖がいとも簡単に家庭にまで浸透していた。またナチスは雇用を生み、アウトバーンを敷いき、所得を増やした。自身の生活の向上のために、嫌いな隣人や、犯罪者、障害者などを排除したほうがいいとする思考が、ドイツ国民に定着していた以上、最終的にユダヤ人の大量虐殺に反対するはずもなかった。6000万人のドイツ人の積極的な協力の事実が明らかとなった今日、集団催眠や大規模詐欺のような文脈で、ナチスドイツを語ることに意義は見出せない。ヒトラーの意図、ナチスドイツの政治体制、国民世論の全てが相互に「積極的に」影響しあって悲劇を生んだのであって、ヒトラーやゲッベルスなど指導者の責任は問われなければならいが、犯人探しに陥ってしまえば、その他の支持者を免責することに他ならない。本書を読んであらためて戦争は総力戦であると感じた。少数の狂気ではなく多数の「自分に被害がないなら/得するなら何も言わない」という無関心が、戦争やマイノリティの排除を生む。日本もそうであったし、ブッシュのイラク戦争も本質的には同じ構造を引きずっている。人類が多少なりとも進歩したとすれば、このような研究が刊行されているということかもしれない。