いかにも才気煥発でヤンチャそうな表紙の「ヒコベエ」に引き付けられて読みました。
「若き数学者のアメリカ」「国家の品格」等ベストセラー作家、藤原正彦氏の
小学校卒業までの自伝的小説です。
あとがきに書いてありますが、数学者の性で、なるべくフィクションを抑えているとのこと。
血沸き肉躍るような冒険譚を期待している人には物足りないかもしれませんが、
逆に昭和二十年代の小学生の姿がリアルに浮かんできます。当時の世相も随所に散りばめられています。
といっても、二つの小学校でのボスの座を手に入れるまでの経緯等、かなりはらはらわくわくする
場面があります。また、奔放な「秀治」に対して眉を顰めながらも気に掛けるヒコベエの男気にも
微笑んでしまいました。父と母、先生と父、それぞれ違う意見に接することで複眼思考を身につける
過程もよく伝わります。
私としては、正彦氏の母藤原ていさんが書かれた戦後のベストセラー
満州からの壮絶な引き揚げ体験を記した「流れる星は生きている」を基点として、
それ以前としては、ていさんの「旅路」それ以降としては正彦氏の妹の咲子さんの「父への恋文」
を読んで一家の歴史に興味を持っていただけに、今回満を持しての「ヒコベエ」の
登場の感があります。弱冠三歳でありながら死に物狂いで母について行き、
生きて日本にたどり着いた「正彦」ちゃんのその後の話です。
一家の歴史という意味では、特にていさんの父(正彦氏の祖父)に関心を持ちました。
「旅路」では娘ていさんとの確執が深い頑固で無慈悲とも思える父親が
「ヒコベエ」では豪快で孫に目を細めるおじいちゃんとして書かれています。
また、「流れる星」以降のていさんの長い療養生活にも触れてあり
筆舌に尽くしがたい引き揚げの苦労をあらためて感じました。
正彦氏の父、新田次郎さんの直木賞受賞までの経緯も興味深いです。
最後に、単行本ですので、できれば当時の写真を数枚でいいから掲載されていれば
もっと面白く読めたのになと感じました。
「流れる星」を読んでいない方は併せてお勧めします。