恋人とのバカンス中、大津波におそわれ臨死体験をする女性ジャーナリスト、マリー(セシル・ドゥ・フランス)、双子の兄を交通事故で喪い里子に出されるマーカス少年、人間関係に疲れ孤独な生活を送るジョージ(マット・デイモン)。三者三様のストーリーが不思議な縁に導かれやがて一つになるスピリチュアリル・ヒューマンドラマ。
タイトルの「ヒアアフター」とはすなわち「来世」のこと。デイモン演じるジョージは、相手の手に触れるだけで霊界とコンタクトできる正真正銘の霊媒士という設定だ。とかく新興宗教等に利用されやすい霊能力には胡散臭さが常につきまとう。イーストウッドはその辺りを考慮して、わざと怪しい霊媒士をたくさん登場させて、本物のジョージと対照的に描いたという。
一歩間違えば、丹波哲郎の大霊界とさして変わらない物語に、2004年のスマトラ島沖大地震により起きたインド洋大津波や、ロンドンの地下鉄爆破テロ事件などの時事ネタを盛り込み、信憑性を補完した演出は(ナイト・シャマランとはひと味違う)イーストウッドならではの気遣いといえるだろう。
パリ、ロスアンゼルス、ロンドンという離れ離れの場所で淡々と進む(どちらかというと暗めの)エピソードを繋げたピーター・モーガン(フロスト×ニクソン、ブーリン家の姉妹等の脚本家)のシナリオを読んだスピルバーグが、イーストウッドに感想を求めたことがきっかけで映画化が実現したという。
(多くの方が指摘しているように)突如として主人公がある新能力を発揮する結末に当初違和感を覚えたものの、ジョージが寝る前にかかさず聴いていたラジオから流れる、英国の文豪チャールズ・ディケンズの『クリスマス・キャロル』をベースにしたラストだと考えれば、むしろ納得感があるだろう。
人間関係を閉ざしたスクルージ(ジョージ)が、過去(マーカス)・現在(料理教室で知り合ったメラニー)・未来(マリー)の精霊たちに導かれ心を開いていく物語は、本作の人物相関図にぴたり一致することに驚かされるのだ。スクルージと違ってジョージは、未来の精霊ことマリーの中に、絶望ではなく希望を見出すのであるが・・・・・・
スピリチュアルものかと思わせて、しれっと最後はディケンズでしめくくるあたり、やはりこのイーストウッド只者ではない。