やはりこのラブレー翻訳となると、渡辺一夫と比較されるのは已むをえまい。渡辺の和漢古典の学殖のうえの翻訳は日本翻訳史上たぐいなきものである。しかし、現代の読者にとって、とくに年少者にとっては、決して渡辺訳は親しみやすいとは言いにくい。その点、宮下訳は分かりやすく親しみやすい。それゆえ宮下訳が渡辺訳よりも学術的に劣ろうが、文学的に劣ろうが、もしくは勝ろうが、勝るまいが、どっちだって現代的意義が非常に大きいと言えましょう。
もう一言付け加えると、渡辺訳は訳注が多くて(半分は訳注である。)、訳注のページと本文とを見ては戻り見ては戻り、戻っては見て戻っては見てと、それはそれは大変であったが、宮下訳のこれは訳注も最小限に抑えてあるし、その訳注も本文のページの左端にあるのでそういう面倒な手間が省けて、その点においても読みやすくなっている。
それでは第三巻を熱烈に待望します。