黒岩比佐子の最新作『パンとペン』は、村井弦齋(サントリー学芸賞)、国木田独歩(角川財団学芸賞)と続く「明治・大正」モノの第三作目にあたり、堺利彦に新しい光を当てた大作である。
私が密かに「スッポンのおひさ」と陰で呼ぶ、テーマに食らいついたら放さない彼女の真骨頂がますます発揮された一冊だ。
いうまでもなく堺利彦は日本の初期社会主義者として、幸徳秋水らと『平民新聞』を創刊し、日露戦争反対の論陣を張り、赤旗事件で下獄していたおかげで「大逆事件」(1910)での処刑を免れ、関東大震災(1923)の折にも第一次共産党事件で市ヶ谷刑務所に収監されていたため大杉栄らが被った憲兵隊の虐殺から難を逃れている。
同志たちの難死にたいして堺は「畳」の上で死んだ。
黒岩は、後世から忘れ去られかけているこの社会主義者がもつ生活者としての力強さと優しさ、さらにたぐいまれな文筆力と編集能力に並々ならない愛着をもって「堺利彦を発見」した。
私がとくに強く興味を引かれたのは、章頭に置かれた堺利彦の様々な写真である。その村夫子然とした風格は、理よりも情の、ロジックよりはレトリックの極めて魅力的な風貌である。幸徳秋水や大杉栄の写真を見た目には、これが堺利彦か、とおもわず唸ってしまった。
黒岩は、大逆事件から始まる社会主義者弾圧の「冬の時代」に堺利彦が興した「売文社」と名付けた、今でいう「編集プロダクション」の原形のような組織を中心のテーマに据えている。
表題の「パンとペン」は堺が「ペンを持ってパンを求むるは僕らの仕事である。(中略)しかし僕らには又、別にパンを求めざるのペンもある」という「売文社」の立場表明から取っている。
堺は、思想弾圧で仕事にも就けず、生活に困窮する同志たちに「職」を創り出した。大杉栄、荒畑寒村、高畠素之、山川均……。売文社に出入りした巨大な人脈は、アカデミズムとはほど遠い明治大正期の知識人や出版界の群像であり、またその離合集散は、社会主義思想の内部論争の一端を鮮やかに浮かび上がらせている。
「革命」を巡っての堺利彦(マルクス)と大杉栄・荒畑寒村(クロポトキン)の分派、さらに深刻なのは、共同経営者であった『資本論』の翻訳者・高畠素之の国家社会主義への接近である。この事件で「売文社」は解散することになる。
いずれにしろ、黒岩比佐子の筆に掛かると巨大な底引き網のように、明治大正の多彩な魚群が掛かってくる。
あとがきに、黒岩さんはご自分がガンに侵されていることを書かれている。
是非とも寛解され、『坂の上の雲』ではない明治大正期の人間群像をもっともっと書いてほしい。