東京裁判から60年以上が経過して今なお激しい論争の渦中にあるラダビノド・パル。著者は、歴史研究の方法論に基づいて、その実像に迫ろうとする。結論から言うと、本書は、戦後のある時期から一部の保守勢力によって捏造されるようになったパルの「偶像」と「神話」を完膚なきまでに叩き壊すことに成功している。そのように考えられるのは、本書が以下の3つの点を説得的に論じているからである。
第一に、いろいろな意味で適性に問題があるにもかかわらずパルが東京裁判のインド代表判事に任命されたのは、植民地政府による事務手続き上の手違いによるものであったという点である。したがって、「ネルー首相の懇請と期待に応え」(田中 2001)るべく就任したとか、「このひとのほかはないというインド朝野の輿望をになって」(一又 1966)東京裁判に臨んだなどといったこれまで流布してきた俗論はまったくの誤りであることが明らかにされる。
第二に、東京裁判におけるパルの意見書は彼の政治的志向を色濃く反映したものであり、公正公平なものであるとは到底言いがたいという点である。具体的には、パルがインドの独立前の時期にヒンドゥー大協会とチャンドラ・ボーズの周辺に位置していたことを考えると、大東亜共栄圏を掲げた日本の戦争指導者を無罪であるとする意見を表明したことや一貫した反共的な態度をとったこと(特に、インドと同様に植民地主義の被害者であるはずの中国に対する批判的な姿勢)は驚くに値しない。
第三に、親米派として復権を果たした保守勢力にとっては、「逆コース」と高度経済成長の流れに棹差しながら米国に対する批判と自己正当化をする上で、パルの存在はこの上なく好都合であったという点である。だからこそ、インド国内では「小者」にすぎなかったパルをインドを代表する偉大な思想家・哲学者であるかのように針小棒大に取り上げて、彼の判決の正当性を高めようとしたのである(純粋にパル判決の内容を問題にするのであれば、ネルー首相の懇請と期待に応えるべく就任したとか、インド朝野の輿望をになって東京裁判に臨んだなどといった嘘をついて、パルに箔をつける必要はないはずである)。
なお、著者は、中島岳志氏の本について7ページにわたる詳細な書評を書いている(『アジア経済』2008年8月号)。本書の内容から容易に想像できるように、パルは熱烈なガンディー主義者でもなけれは、絶対平和主義の信奉者でもなく、中島氏の議論にはまったく根拠がないと極めて批判的な評価を下している(しかし、書きぶりは驚くほど冷静)。また、本書執筆の背景については、『アジ研ワールド・トレンド』2011年10月号に掲載されている「『パル判事』を上梓するまで」を参照。興味のある方は、参考にされるとよいだろう。
最後に一点。「偶像」と「神話」を作り上げて、それを自分の都合のいいように利用しているのは何も保守勢力ばかりではない。例えば、佐藤卓己『言論統制』(中公新書)が明らかにしているように、鈴木庫三少佐を残虐非道な「小ヒムラー」に仕立て上げることによって、戦争に積極的または消極的に協力した自分の過去を正当化しようとした言論人や報道関係者が多数存在した。著者には、この点への目配せが欠けているのではないだろうか。