日常生活の出来事、その中の実感から、人類史的な文明観までを縦横に語りつくすのが、著者の文体の特徴だ。書名にもなっている「パラレルな世紀への跳躍」という1編では、テロとの戦いといった時事問題から出発し、死生観、歴史観などが展開されていく。自身の読書傾向としてはSF文学や哲学書を好むという著者が、「お笑い」という表現を行なっていくうえでの発想の一端に触れることができる。
また、いくつものテーマとの関連でしばしば登場する少年時代、学生時代のエピソードも興味深い。友人たちとの輪の中心にいながら、一方で周囲との微妙な温度差を常に感じつづけていたことが繰り返し述べられる。この違和感が著者の芸風の根本にあると考えられるが、猟奇的な犯罪事件について語ったその名も「ズレ」と題された文章の中では、急激な速度で変化する時代の中の世間の常識とズレについての考察がなされている。ここでも、あくまで構造的に笑いを追求する著者の持ち味が存分に発揮されている。(松田尚之) --このテキストは、 単行本 版に関連付けられています。
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私の答はSi(Yes)です。この設問の危ういところは、日本社会というものがまるで隣家の庭にあって、囲いのこちらからただ眺めるだけの他人の所有物であるかのように誤解させる装いを持っている点です。
しかし日本社会は会社と異なり、将来性がないからといって転職=場所替えをすれば済むというものではありません。将来に危うさを感じるのならば、より良き社会へと進路を取るべく努力するのが社会の構成員の務めであると考えます。ですから冒頭の質問にNoと答える者は自分には社会を担う責任がないと勘違いしているだけです。構成員である以上は全員に責任を負う義務があり、そして責任を負う力があるのです。
本書はそう考える私の心にぴたりと添うものでした。「自分の暮らす社会は努力次第でより良くなるはずだ」という著者の強い信念が全編を貫いています。人間は不完全だけれどもそのことを認めつつより良くなろうと努力することが出来る生き物であることを著者は微塵も疑っていません。だからこそ、社会に積極的に関わっていこうとし、そのために必要な社会の見方について綴っているのです。著者の論調は極めて真摯。テレビ画面で普段見せるおちゃらけた様子はまるで見られません。
またこのエッセイ集には幾編もの幻想的フィクションが差し挟まれていますが、一見シニカルな眼差しが感じられるその幻想譚の完成度の高さには驚かされます。これら創作の底を流れているのも、やはり著者が人間に寄せる揺るぎなき信頼です。
特に「サンタクロース」という掌編では、悲しい時代背景に打ちひしがれつつもわずかな希望を失わずに前へ進もうとするサンタクロースの姿が心に響きます。
読後にはちょっぴり背筋が伸びる思いがする一冊です。
エッセイだけでなく、ショートショートの作品も多数あり、太田さんのSF好きが伝わってきて、(勝手な思いこみかもしれませんが)星新一の作品を彷彿とさせるものがありました。
エッセイもただ世相を批判する、ということでなく、タイトルにもある「パラレルな世紀(=少数意見も尊重される多元的な社会)」を目指すべきというような様々なメッセージも伝わってきます。
また、太田さんの子供の頃の話などは思わずくすっと笑ってしまうこと間違いなしです。
「爆笑」の部分と考えさせる「問題」がうまくミックスされて、読者を飽きさせないよい本です。読めばきっと太田さんのファンになりますよ。
人間は「あまり得意でない分野は... 続きを読む
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