このCDの仕様
『コスチューム』から2年―― ブランドン・ロス、待望のセカンド・アルバム。シンガー・ソングライターとしての資質も遺憾なく発揮されたメロウでブルージーな深遠なるジャズ。自身のクリア・ヴォイスをフィーチャーしたヴォーカル作品を5曲収録。
【参加ミュージシャン】
Brandon Ross:guitars, banjo, piano, vocals Stomu Takeishi:acoustic bass guitar JT Lewis:drums
Ron Miles:cornet
Gregoire Maret:harmonica
Melvin Gibbs:electric bass guitar
Charles Burnham:violin
【アーティストについて】
ギタリスト、シンガー、作曲家。カサンドラ・ウィルソンのグラミー賞アルバム『ニュー・ムーン・ドーター』をディレクションした音楽家として知られる。ソプラノ・ギターと呼ばれるギターを使い、アーリー・ブルース、MPB、シカゴジャズの香りが混ざりあうエキセントリックなスタイルで、特殊な音楽空間を創り出す。天使のような優しいヴォーカルがフィーチャーされた初のソロアルバム『コスチューム』を2004年12月、intoxicate recordsよりリリース。2006年9月には、クラシック・ギタリストの鈴木大介と、ツトム・タケイシによるトリオで、同年没後10周年の作曲家武満徹の映画音楽集をintoxicate recordsよりリリース。2006年8月~9月に来日し、Hakujuギターフェスタ、サイトウキネン・フェスティバル松本2006、愛知県立芸術劇場、東京JAZZ2006MARUNOUCHI JAZZ CIRCUIT10、コットンクラブに出演。
【ライナーノーツ】
「妖精との距離」 text:高見一樹
彼には妖精になりたいという変身願望があった。シェークスピアの『真夏の夜の夢』が幼少期の愛読書だったという。妖精は異界と人の間をつなぐもの。人の異界への、異界から人へという運動の妖精の軌道を辿れば、異教徒の国の、異教の神の姿を見る事になる。一説によれば、妖精の小さな身体は、様々な抑圧の結果だという。矮小化され、意識の周辺に遠くへ追いやられた記憶に羽をつけて再獲得すること。ブランドン・ロスが、妖精の翼をつけようと した記憶は何だったのだろう。
ブルースの起源を探る研究によれば、ブルースは単純な黒で覆われた音楽ではなかった。いろんな人種が混じり合う、複雑な黒だったという。さらにジミー・スコットのように性の差異すらも曖昧にしてしまうような声(ジミー・ロールズ)があったとも言われている。トランスジェンダーな透明度は、ブランドンの声の魅力の一つだが、それは技術によって保存された声の複製ではなく、妖精への変身願望が声の成長をとめたのかもしれない。少年のような声の色はいまでも彼の地の声色だ。音楽というテクスチャーの中でその透明度はましていく。
ブランドンが意識的にブルースに取り組むようになったのは最近のことだ。前作『コスチューム』で取り上げたギャリー・デイビスの作品に向き合うきっかけは、偶然与えられた。カサンドラがマイルスを使ってヨルバなジャズのもう一つの歴史を聴かせたように、ブルースはブランドンのレトリックだ。それは以前からもちろん、彼の音楽に取り憑いてはいた。武満徹(鈴木大介、ブランドン・ロス、
ツトム・タケイシ『夢の引用』)という音楽を通してさえ、ブルースが介在した。ジャズという意識の向こうにブルースが広がっていた。このアルバム『パペット』はおそらくそのことへの最初の意識的な跳躍かもしれない。退行した状態が彼の意識下にディスプレイしたものが何かは、明らかではないけれど。ただ、着替えてみること(『コスチュー ム』)の次は人形に託し、操ってみる事だった。妖
精のようにかろやかにはばたいてみせることの前の、それは儀式のようなことなのかもしれない。