長い一九世紀を貫く会議外交の変遷を、ヨーロッパの歴史を後背に、
各国のお家の事情や、イギリス外相・首相のパーマストンを中心とす
る魅力的なプレイヤーたちと共に描き切って、余すところがない。
臍をかむパーマストン、狡知をめぐらすメッテルニヒ、ほくそ笑む
ナポレオン三世らが繰り広げる虚々実々の駆け引きは、一昔前だった
ら「こんなに面白い本は学術書ではない」と言われていたことだろう。
ともすれば物語性が強く感じられてしまうほど、著者の流麗な筆は
抗いがたい魅力を持つ。だが、揺るぎない構成と膨大な一次資料の収
猟が安易な批判を許さないのである。
たとえば二〇五ページの四章三節の終わり、華々しい外交的成果を
挙げたナポレオン三世を描写した「この外交的な成果に気をよくした
野心家の皇帝は、この後、パーマストンのそれとは異なった独自の会
議外交を展開し、ウィーン体制の打破に向かっていく」という一文の
あとに、厳密に言えば蛇足と指をさされかねない「パーマストン老卿
の胸に輝くブルーリボンは、どこか寂しげにその光彩を放っていた」
の叙情的一文を置くことができる研究者はすくない。
この逸脱を楽しめるかどうか、は比較的大きな差異と言える。一文
が生み出す余情を味わうには、筆者をしてその一文を草さしめる背景
に思い致さねばならぬからだ。
一九世紀半ばのヨーロッパに、会議による協調体制を築いた老外政
家の死期を描いた第五章「会議外交の終焉とパーマストンの死」の末
に置かれたパーマストン最期の言葉に大きな時代の終焉を想わない者
はいないだろう。