実在の人物を描く場合、全否定も全肯定もありえないはずだが、実際には、多くの書き手がどちらかに染まり、アリバイ程度に逆の極を散りばめるに終わる。
パウロという、ことのほか毀誉褒貶の激しい人物については、特にそうだ。
ハナから全肯定しかする気のない護教論者のことは、私たち部外者は無視すればいい。
だが、否定するにしても、これほど大きな影響を与えた人物を、当人の差別意識などの一面だけで片付けられるものでもなかろう。
ところが、著者ルナンは、肯定・否定の両面を本気で描く。表現も、その両面でかなり激しい。
その姿勢を保つルナンの精神の強度に感服することが、パウロという強烈な個性に思いを馳せることにつながる。
書き手の精神に寄り添おうとすることで、記述対象への思いに導かれる、良質な読書体験。