結論から言いますと、第二次大戦史に関心がある方には必読の一次史料として強く推薦します。
この本は、最初は「私家版」として少部数だけ自費で印刷され、その後に「これは出版するべきだ」と言う人があり、共同通信社への伝手があって同社からハードカバーとして出版されました。その後、朝日新聞社から文庫版で出て久しく絶版になっていたのを、再び共同通信社から「朝日文庫版を元にした改訂版」としてハードカバーで復刊された、変った経緯を持つ本です。
昭和10年代のほとんどを、少佐から少将の駐在武官・武官補佐官として欧州で勤務した小野寺信 陸軍少将 (陸士31期、陸大40期) の妻である小野寺百合子女史の回想録ですが、戦史に相当詳しい人でも知らない事実が多く書かれています。
* 小国に派遣される駐在武官は夫人と共に赴任するが、補佐官(日本の将校)のようなスタッフはいないので、夫人が最高機密を共有するスタッフとなる。駐在武官夫人の最重要な任務は「受信した暗号電報の解読、送信する暗号電報の作成、暗号書と乱数表の管理」であった。駐在武官夫人は、軍人でも外交官でもないのに、日本の国家機密に日常的に接していた。
* 本書には書かれていませんが、小野寺少将は、昭和10年代の陸軍で冷遇されていた「皇道派」の一員とみなされていたようです。東條英機に代表される主流波 (統制派) が参謀本部・陸軍省などの陸軍中枢の要職を独占する一方で、皇道派の将校は最前線の部隊勤務や、駐在武官のような「ドサ廻り」を余儀なくされていました。小野寺少将は、参謀本部勤務時代に、「蒋介石の国民政府との和平実現による支那事変解決」に向けて精力的に動き、後一歩で成功する所まで行ったが、寸前で汪兆銘の南京政府擁立 (蒋介石政権を無視する) となり、小野寺少将の努力は無に帰しました。ただし、国民政府要人と信頼関係を築いていた小野寺少将に対しては、重慶にいる蒋介石から、仲介者を通して、小野寺少将に労をねぎらう「蒋介石の自筆の文字が刻まれた金無垢のカフスボタン」が贈られたそうです。
* 蒋介石との和平工作で示された小野寺少将の「人間関係構築力」は、欧州で遺憾なく発揮されました。そもそも、情報活動というのは、相手と深い信頼関係を築き、この人になら情報を渡しても自分に危害が及ばない、と思わせなければ成功しません。小野寺少将はスウェーデン駐在武官として、独自の情報ルートで得た情報を東京に送り続けましたが、その精度は極めて高かったようです。小野寺少将は、1941年の時点で、独ソ戦でドイツが負けるであろうことを中央に多数の電報を送って警告し続けましたが、結果としては無視されました。
* 日本陸軍が情報については世界の最先端を行っていたことは、例えば
日本軍のインテリジェンス なぜ情報が活かされないのか (講談社選書メチエ) に
「日本陸軍で大将や中将に上った将校の多くは、情報畑の勤務を経験していた」
「東京裁判でA級戦犯として処刑された板垣征四郎大将、松井岩根大将は『情報将校』と言える経歴である」
「日本の外務省、日本海軍の暗号は大戦中期以降は英米にガンガン解読されていたが、日本陸軍の暗号は解読されていなかった。重要情報を、使い捨ての乱数表 (無限乱数) で強化していたからである。無限乱数は、ソ連軍も使っており、これを解読できた国はない」
「日本陸軍は、アメリカの重要暗号を解読していた恐らく世界唯一の国である」
などと書かれております。
* 本書でも、小野寺百合子夫人の回想で
「重要情報は、特別暗号 (黒い布で隠された、使い捨ての乱数を使う) で暗号化し、東京に打電していた」
「アメリカの機械暗号の元になる機械を入手し、また、世界有数の暗号先進国であったフィンランドから連合国の暗号についての情報を入手し、ドイツ駐在の日本陸軍の暗号専門家 (数学者) がそれらを分析して、アメリカの暗号の解読に成功していた」
「そのため、小野寺少将は戦後に米軍から『アメリカの暗号を盗んだ男』と呼ばれた」
など、日本陸軍の情報力が世界水準を抜いていたこと (なのに、せっかくの情報が活かされず、ドイツの勝利を信じて対英米戦争を始めてしまったこと) が記されています。
* 小野寺夫妻は、大東亜戦争の期間はスウェーデンで駐在武官として過しましたが、スウェーデン軍高官、スウェーデン王室と深い信頼関係を築きました。そのため、日本の敗戦後もスウェーデン国内では日本外交官・軍人らは極めて寛大な扱いを受け、ドイツの敗戦寸前にスウェーデンに逃亡 (不法入国) した日本軍人も保護されました。戦後に陸軍少将の地位を失い、一介の市民に戻ってから、日本の独立後に、仲間と共に日本とスウェーデンの貿易会社を設立してスウェーデンを訪れた小野寺元少将は、旧知のスウェーデン軍将官を訪問した時に「以前と同じ、将官としての礼」で迎えられました。小野寺少将の人徳の高さを伺わせます。なお、小野寺少将らが設立した貿易会社のビジネスは順調に成長し、戦後の小野寺家の家計は恵まれていたそうです。