Balthazar Michel Klossowski de Rola、通称Balthusバルテュス(1908〜2001)の晩年の回想録を纏めたものです。
評者は美術に疎いこともあり、本書に出会うまで氏の名前さえ耳にしたことがなかったのですが、激動の20世紀を天命に従って生きたらしいこの画家のお話は刺激に富んでいました。
表紙裏にあるように家族(二人目の妻の節子さんについて、感謝も含めたお話が多いかな)のことにも多少は触れられていますが、評者としては主に彼の生活のモチーフになっている(?)絵に関する考えや取り組みの話題に興味が惹かれました。
人生の後半はMorvanのシャッスィー城、ローマ近郊のMontecalvello城、ロッシニエールのグラン・シャレー、などに籠って隠遁生活の中での制作活動を主に送っていたようですが、それ以前にパリで仕事をしている頃から、氏は自ら進んで孤独を求めてきたようですし、彼はその中でこそ成長できたと告白されており、極めて強い求道精神をお持ちの方だったようです。
濃淡はいろいろあるも彼の広い交友(?)関係(リルケ、ジャコメッティー、フェリーニ、ジューヴ、ピカソ、カミュ、マルロー、)が語られる一方、現代芸術と称されるものへの痛烈な批判、自身の作品に描かれる少女に関する無理解な解釈に(「エロティック」とされるらしい)対する憤慨、シュールレアリスト批判、などが繰り返し述べられています。
特に次のようなフレーズが印象に残っています。
・ 私は現代画家たちが溺れている個性第一主義にはいたく憤慨しています。・・・語ったり探求したりしなければならないのは、自分を表現することではなく、世界、その神秘と闇を表現することです。(33節)
・ 私がいちばん信用していないのが精神分析(37節)
・ このような伝統に対する深い執着があるから、私はフランス革命で取得したものを前進、あるいは実際の進歩と認めないのだろうか?(革命の)結果、世界の実情は荒廃し、忌まわしい金権万能の風潮と、小さな価値観を持つ小商人のブルジョワ階級が台頭することになった。(64節)
・ 思いやるとは、他人とともに苦しむことですが、話を聞き、耳を傾け、理解することでもあります。(75節)
ただ遁世を極めるのであればテレビでハリウッド映画を見て欲しくなかった気がしますし(40節)、のぞき趣味のようで恐縮ですが、節子夫人と恋に陥るまで氏と一体感を持って同居されていたという姪のフレデリックさん(69節)はその後どうされたのか、ということももっと触れて欲しかったということもあり、★を一つ減点させて頂きました。