「バルカン」のあとに「余映」なんぞという詩的な語句が添えられていれば買うしかない、という気持ちで手に取った本書であったが・・・
元ユーゴ大使としての「あくまでも現地における数年の生活体験を基にした」「ささやかな実体験ならではのことども」を書くのは当然のことであって、ドキュメンタリー作家や研究者の詳細な分析を読者は期待しているのではない。それにしてもだ。
1 文章に味がない。ヘタではないが、うまくもなく回りくどい(官僚語の片鱗?)。
2 自己顕示欲が強い。載せられたモノクロ写真のうちの7枚に著者自身、夫人、あるいは両者並んだものが含まれている。うーむ。
3 VIPゆえに厚遇されていることの自覚がない(あるいはそれを上品に隠したつもりでいる)から、読んでいてあほらしくなる体験談も多い。うーむ。
4 著者がユーゴ大使を務めたのは、民族紛争が爆発する以前の「幸福」な時期だったのだろうか。逆に言えば、民族紛争激化以前(なら)、ユーゴは「幸福」だったのだろうか。84年に冬季サラエヴォ・オリンピックが開かれたのもユーゴであれば、81年にかのコソヴォに非常事態宣言が発令されたのも、82年に経済危機克服の緊急措置が発表されたのもユーゴである。それらの「余映」はどうなったのか。本書の性格上「いわば硬い部面については(…)わが国先達の立派な業績にゆずる」と著者は言うが、歴史意識というのは行間に滲み出てくるものなのであって、80年代のユーゴ情勢を知るために別の本を紐解かねばならないとすれば、本書の意味は何なのだろう。非同盟を貫くユーゴが東側に奪われないよう、西側から「物心両面」における援助をすべしという主張も図式的だ(国益を担う元外務官僚としては、そうとしか書きようがないのだろうが)。全体にバルカンを生きた者の貴重な回想録としては食い足りない印象を拭えない(著者はその後、某大学教授に就任したのち94年に逝去)。