コルトレーンが好きになれないという人は、あまりにシリアスで求道者のようなトレーンについていけない、というのが大方の理由であろう。僕自身も、「至上の愛」や「アセンション」といった大真面目な彼の諸作に敬意を払うものの、聞くのにはなかなか根性がいるので、ついつい遠ざかりぎみだ。それに引き換え、バラードは最もポピュラーでやさしく迎え入れてくれる入門編としての格好のアルバムだといえる。セイ・イットなどはCMで使われコルトレーンを知らない人でも耳にしたことがあるはずだ。ユー・ドント・ノウ・ホワット・ラヴ・イズ、ホワッツ・ニューなども歌心いっぱいのテナーが語りかけてくれ、ウイスキーかブランデーでも飲みながら一人静かにバーでたたずんでいたくなる風情である。しかし、コルトレーン本来の迫力や精神性の高さからいえば、クレッセントやバードランドでのライブと比べるとやや落ちるのかもしれない。ここでは、マッコイ・タイナーもエルビン・ジョーンズもカクテル・ラウンジでフォーマルに蝶ネクタイで決めて演奏しているような品のよさだ。ここら辺がこのアルバムの評価の分かれ目で、コルトレーン派を二分する踏み絵のような存在なのかもしれない。ジャイアント・ステップスやインプレッションといった漸進的な作品から、後退するかのようなバラードを進化論的に見るとマイナスなのかもしれないが、再び高みに挑む前のしばしの休息と捉えれば、あながち否定できないのではないか。激しく真摯なコルトレーンの優しい一面を見る寛ぎのバラードは、ジャズの人間くささや多面性を垣間見せてくれる。