小説『虚栄の市』で有名な、19世紀イギリスで活躍した作家・サッカレ−の書いた児童文学作品です。
私は『虚栄の市』を数年前に購入済みであるものの、今もって積ん読の状態(岩波文庫版で1冊400ページ×4冊の大著なのでなかなか読み出す勇気が出ない)。最近購入したこの『バラとゆびわ』を先に読む形になってしまいました。
一読して、『虚栄の市』をとっとと読んでいなかったことを悔いました。これだけの技量を持つ作家の作品が名作でない筈がない。
本作『バラとゆびわ』は、ある架空の王国が舞台のお伽噺風ファンタジー作品です。不思議な力を持った「バラ」と「ゆびわ」がキーとなって王宮の人々を振り回していきます。その辺りの雰囲気はシェークスピアの『真夏の夜の夢』的なおかしさをイメージしていただければ、伝わりやすいでしょうか。
サッカレーはイギリス人といっても現実的で人間の性格を冷酷なまでに抉り出し、風刺や皮肉が底辺に流れる類の作品を容赦なく書く、モームのようなタイプなのかな・・バリーやマクドナルドやディケンズのように妖精やゴブリンが顔を出す優しくて楽しい空想物語を書く作家とはちょっと違うのかな、という私の思い込みは、約3分の1ほど間違いでした(微妙な数字ですみません)。
本作には、紛れもなくイギリス伝統の豊かな空想の血が流れています。彼は子どもを愛し、空想の価値を理解する心あたたかい作家なのでした。
ただ豊かな空想の世界の中で、ヒヤリとする位に上手く考えられた巧みで周到な構成と話運び(話の先が読める読めないということとは別に)、社会の俗っぽく馬鹿馬鹿しい通念に対する風刺が非常に鋭く光っています。やはり現実的で社会派という性格は、サッカレーの作家的個性なのだろうと思いました。そういう意味では、この本に込められた意味を、子どもは大人になってから理解するということが多いかもしれません。
人間のもつ弱点や醜さ、また美徳を、易しい文章で、優れた洞察力と表現力をもって見事に映し出しているのも流石の一言。人間スケッチとしても優れているわけです。更に、「幸福」を手に入れることが出来るのは何を持った人間なのか、という事についてのサッカレーの考えも物語からしっかり読み取れるようになっています。
いや、本当に上手いです。唸らされます。「児童文学」としてならもっと優れた作品はあるでしょうが、サッカレーは一作家として真実力のある方だと改めて痛感させられました。
大作家・サッカレーへの入り口としてもお勧めです。ぜひ。