まず、「バブル(bubbles)」とは、教科書的には資産の「ファンダメンタルな価格と現実の価格の差」(齊藤誠『
新しいマクロ経済学』)であり、「資産の市場価格がそのファンダメンタル価値から乖離する状態が一定期間持続するとみられる事態」を一般に「バブルの発生」と呼ぶ(池尾和人『
現代の金融入門』)。人類史上初といえる「バブル」は、1634年から36年にかけてオランダで発生した。この投機ブームの主役は、コンスタンチノープル(イスタンブール)の金持ちの庭で発見された新種の珍しい花、チューリップであった。
この事例は、後世「チューリップ・バブル」などと語り継がれているが、では、2008年9月15日に破綻した投資銀行のリーマン・ブラザーズ等に象徴される金融(証券化)バブルの主役は…というと、勿論、チューリップのような「愛らしい花」ではない。それは債務担保証券(CDO)などに代表される「証券化商品」であった。「証券化とは、キャッシュフローを生み出す資産に値段を付けて転売する金融技術のこと」であり、現代の“錬金術師”たちは、その金融技術の「複雑さ」を「魔法」のように信じ込ませたのである(本書)。
このことは、中島誠之助さんの「
ニセモノ師たち」を彷彿とさせよう。そう、中島さんも「骨董の世界は、『生産性のない社会』」と語っているけれど、〈過剰流動性〉を槓桿としている昨今の「金融の世界」も同様だ。それはともかく、「証券化バブルの崩壊で破綻したのは、証券化市場という金融市場の一分野に過ぎない」し、「マネーを動かす基本構造は健在」だ(同)。著者も述べるように「バブルは繰り返しやってくる」、それも「別の顔」をして…。そして、それは「環境分野」にやってくるのではないか、というのが著者の推断だ。