みどりさんの生演奏をはじめて聴きに行ったとき、最初の1音でイスから転げ落ちそうになりました。音の洪水です。彼女の手にする古いバイオリンから、美しく輝く緑色の宝石が洪水のようにステージにあふれるのが見えたような気がしました。他の誰とも違う、みどりさんだけの音です。
あのとき演奏された曲は、もう一生聞かなくてもいい、この音が至上だ、とすら思いました。
そうそうたる百戦錬磨のオーケストラの、すばらしいメンバー全員の発する音よりも、みどりさんひとりの出す音のほうが「圧倒的に情報量が多い」のです。
あの夜、みどりさんの演奏を全身に浴びながら、自分は確かに遠い星空を漂っていました。
人間技ではない演奏でした。あの異様なまでの集中力。演奏中に声をかけたらそのままいのちを終えてしまうのではないか、と不安になるほどのあのパワー。
このCDも類まれな奇跡の名演といえるでしょう。
人間に出せる限界を超えた、やさしさ、慈悲を感じます。
作曲者である大バッハが脳裏で聞いていたに違いない「神の栄光」そのものを実体化させた音です。
今だからできる演奏、というのがあるとしたら、みどりさんが無数の小路を歩いてきた、その心の遍歴をそのままにメロディーに乗せて、人間の偉大さの極北をすら感じさせてくれる円熟の名演、それがこれだと思います。
大バッハに聞かせたかったです。