これは二種類あるリヒターのセッション録音のうち58年に録音した旧盤の方で、今でも同曲の決定盤と謳われているものだ。今では時代考証の成果を踏まえた古楽器による演奏が主流になっているが、演奏スタイルの古さを越えて、訴えかけてくる感動の大きさは他の録音を圧倒している。
ヘレヴェッヘ盤など最近の古楽器による録音の洗練された合唱の透明感や、ビブラートを抑制したソリストのくっきりとした歌唱に接した後では、このリヒター盤のミュンヘンバッハ合唱団は素人だなという感は否めないし、ソリストのオペラティックで感情表現の濃厚な歌唱は重たく感じてしまうのも確かだ。
しかし、虚飾を排し、しなやかで実直そのものの音色からは、ひたむきな祈りが伝わってくる。もはや演奏スタイルが時代遅れだということだけで、このかけがえの無い名演奏を聴かずに済ましてしまうのは、あまりにも勿体無い。マタイ受難曲がお好きな人には、ぜひ一度は接してもらいたい名盤の一つである。