とかくリヒターは批判されがちである。特にオリジナル楽器による古楽演奏を好む諸兄は容赦なく敵とみなす向きが多い。それは古楽演奏を率いたレオンハルト・アーノンクール・コープマンらが明らかにリヒターを敵とみなしていたからであろう。
では何故、リヒターが敵として存在しなければならなかったか?それは「バッハ演奏の権威」として君臨していたからではないか。絶対的な権力者に立ち向かう少数の正義という、万国で通用するヒーロー像の演出があったのでは、と思う。(無論、バッハ時代の響きの再現という音楽的な魅力は充分にある)
昨今は古楽演奏も多岐に渡り、また現代楽器(殊にピアノ)によるバッハ演奏もより洗練された形で示され、聴き手は様々なバッハ演奏の有り方を理解するようになった。しかし、リヒターのようなモダン・チェンバロ勢は顧みられることが少ない。この面ではまだ、彼を敵としたオリジナル楽器派のかつての主張が息づいているのだろう。様々な演奏の有り方を理解できるようになった今だからこそ、このようなモダン・チェンバロのディスクも聴かれるべきであると思う。
オリジナル楽器なら絶対こんな音はしないという音色、黒電話の呼び鈴の響きにも似た残響音を振りかざしての演奏。リヒター氏の演奏は、武骨に聴こえるかもしれないが、確信に満ちていて惹きつけられると思う。唯一無二の存在感、リヒター氏の自信が表れるようで、そこがこのディスクの魅力となっている。また強面のおじさんが童謡を歌っているような場面(第4番の「Aria」など)もあり微笑ましい。
そしてマイノリティーと思われる歴史的チェンバロよりモダン・チェンバロの音色のほうが好きという方には絶対におススメのディスクである。もちろん私もそうなのだ。