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また会社をつぶしてしまったフラーは、友人の声を掛けられ、あの伝説の非認可大学、存続していた25年の間たった55名の卒業生しか送り出さなかったブラック・マウンテン・カレッジ美術学校に、夏だけの代理教員として職を得る。彼はそこで学生たちといっしょにドームをつくった。最初はブラインドの廃材でつくった。最初に考案したドームはたわんでしまって自重を支えることができなかった。次の年も、フラーはドームをつくった。これもだめ。次の年も、フラーはドームをつくった。これもだめ。次の年も、フラーはドームをつくった。これもだめ……。
フラーは学生たちを元気づけてこう言っている。
「失敗しなくなったときはじめて、成功するのだ」
ジオデシック・ドームが唯一の成功品といっていい、フラーの失敗人生あって初めていえる言葉である。
ドームの完成は、フラーが暮らしをたてていくのに、ぎりぎりのタイミングで間に合った。フラーはそれまでに何百もの紙の模型をつくっていた。
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