フリージャーナリストである著者は、03年1月に米国との交戦が濃厚となったイラクに10日間ビザで単身入国、フセインの息子ウダイと掛け合い滞在延長許可を得、その後いったん国外退去になりながらも、多くの報道陣が引き揚げるのと入れ違いに再入国を果たし、遂に3月、現地で開戦を迎え、北欧人唯一のジャーナリストとして北欧諸国にレポートを送り続ける。本書は回想記だが、空爆や地上戦の最中にTVレポートを送り続ける場面などは、非常に緊迫感がある。彼女もまた、米軍の砲撃を受けたパレスチナ・ホテルにいた1人だった。
あたかもスクープを追う命知らずの戦場記者の典型のようだが、実際には、同業者の死に震える生身の人間であり、通訳の女性(フセインの信奉者)を思いやる優しさもある。彼女を突き動かしているのは「観察し、報告し、書く」というジャーナリスト精神であり、常に街中に出て、高飛びを目論む商人から子を失った親まで様々な人に話を聞き、その言葉を再現していて、端的に言えば、直接見聞きしたもの以外は書かないという姿勢により、本書はまるで戦争文学を読むような効果を生じている。
とりわけ優れていると思ったのは、開戦前3カ月の市井の人々に対する根気強い取材から、当時のバグダッド市民の様々な考えや気持ちが浮き彫りにされている点で、最も哀しかったのは、取材相手が永遠に言葉を発することがない、大人や子どもたちの遺体が横たわる遺体安置所の取材場面だった。