近所の学校の校門付近に、よくスケベDVDが撒いてあります。「誰だこんなことしたのわ!」と教師が拳を振り上げますが、数時間後には己の陰部に振り下ろされることでしょう。その拳、人が見てないところに於ける手癖の所作は誰でも同じ。だのに性欲の否定をしたり、欲望丸出しの者を下にみることが、後進への規範的態度なのでありましょうか。自らそんな窮屈で退屈な生き方を選ぶ人の気持ってわかりません。社会の歯車になることは飼い慣らされてつまらなくなるということか、個性を殺せず歯車になれない無能者は淘汰されてしまうべきか。淀川の河川敷で橋脚をずっとパンチしてるおじさんを見たことがありますが、常からにレイティングだと思い込んで人の目を気にする人にはない気迫があってしばらくその場を離れられませんでした。人に試される人と自分を世に試す人。価値判断基準を他人の顔色で判断する人とハナっから内に秤を持つ人。和をもって事に当たり長生きするか、独断専行で早死にするか。この作品にはわりと後者のわがままな人がたくさんでてきますが、肉体で己の意志を物語りますから覚悟の質がそもそも違う。嫌々たたかうのであればただ痛々しいだけですが、何も隠さない裸の思いは伝わるものが全く違う。登場人物一人一人の、そしてこの作品を作り上げた人たちの「貫く」という姿に、私はいたく感激しました。んん、いい作品だ。