今の武蔵の心情が全く理解出来ない。 しかしよく考えればそれは当たり前のこと。 ただ自分には作者と武蔵が重なって見えた、作者が意図的にか偶然かは分からないが作者の漫画に対するものと武蔵の剣に対するものとが同じように見えた。 ただそれは見えるだけで理解出来ない。 それは何かに人生をかけたことがないからだろう。 一刀斎が「無刀ねぇ、何が楽しいのやら」と批判ができたのは彼が一刀斎であるから、この漫画の読者の何人がこの漫画の、作者の批判が出来るのだろうか? したとして果たして批判になるのだろうか? 武蔵が石舟斎に「天下無双などと勝手に名付けたりして形にはめたりしてごめん、もっとはるかに大きなものにあなたはなろうとしていたのに」と語りかけていたシーンを見て、前巻の石舟斎の「極まっておる」という言葉が一刀斎に対する皮肉にも感じられた。 言葉の意味とは文字の並びではなく発言者自身であると改めて感じた。 ただこの漫画の変わらなくよいところはいつも続きが気になるところと武蔵に対する憧れが消えないことだ。どの巻を読んでも武蔵に憧れ続ける又八になれる。 いつか武蔵になる道を歩めたなら、その途中でバガボンドの32巻を理解出来るのかと思うと人生にやる気が湧いてくる。 自分だけかも知れないがここまで考えた漫画は初めてだ。