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ハーマンミラーと言えば、日本でもマニアのあいだで愛好されている家具のブランドである。1905年、アメリカ・ミシガン州の田舎町ジーランドで同名の創立者が起業したこの家具メーカーは、小規模ながらも独創的で高品質の家具デザインを次々と発表、第2次世界大戦前には早々と世界的な名声を確立した。またこのブランドは数多くの才能が何らかのかかわりをもったことによっても知られており、サブタイトルに名のあるイームズ夫妻をはじめ、ジョージ・ネルソン、エーロ・サーリネン、アレキサンダー・ジラード、イサム・ノグチといったきら星のごときデザイナーが名を連ねるその華麗な社歴には、さながら20世紀デザイン史のエッセンスが凝集されている観がある。
ハーマンミラーのモダン・デザインは多くの人々の心をとらえて離さないが、著者もまた、紛れもなくその魅力に取り付かれた一人であった。著者は1940年代はじめにまで遡るハーマンミラーとの出会いを述懐し、また多くのプロダクトデザイン、ル・コルビュジエやF・L・ライトの建築デザイン、あるいはクランブルックのようなデザイン学校やノールのようなほかのブランドとの比較や独自の視点による分析を通じて、彼が長年にわたって影響を受け、また自身デザイナーとして目標としてきたハーマンミラーの傑出したデザインを饒舌に語り続ける。巻末の年表は、「ミッドセンチュリー」というキーワードに凝集されているその魅力の理解を深めるうえでも有益だろう。
ですます調の文体の軽やかさもあるのだろう、著者の語り口は齢90を超える人のものとは思えないほど瑞々しいし、また内容も、多少の加筆訂正が加えられているとはいえ、1970年代の雑誌の連載が元になっているとは思えないほど新鮮である。長年埃をかぶっていた原稿の意義を認め、新たな命を吹き込んだ関係者の見識と努力もあわせて評価したい。本書を一読すると、再発見されるべき原稿がきっとほかにも多々あるはずだという気分にさせられる。(暮沢剛巳)
出版社/著者からの内容紹介
私をミッド・センチュリーへ連れてって。
モダン・デザインを知るための、最高・最良の教科書。92歳のデザイナー、リキさんがイームズ、ネルソン、ノグチを語る。
デザインは生き続ける。
1970年代、アメリカ・デザイン界の「生の息吹」を日本に伝えた、雑誌「室内」の伝説の連載「ハーマン・ミラー物語」。中西部の小さな家具メーカー「ハーマンミラー社」を舞台に、モダンデザインの歴史を生み出した、イームズ、ネルソン、ジラードとその仲間たち。彼等ミッドセンチュリー・デザインの立役者たちと直に交流し、デザイナーとして同世代を生きてきた著者が、92歳の今、全面的に改稿し、新たに世に送る、20世紀デザイン史の決定版。
モダン・デザインを知るための、最高・最良の教科書。92歳のデザイナー、リキさんがイームズ、ネルソン、ノグチを語る。
デザインは生き続ける。
1970年代、アメリカ・デザイン界の「生の息吹」を日本に伝えた、雑誌「室内」の伝説の連載「ハーマン・ミラー物語」。中西部の小さな家具メーカー「ハーマンミラー社」を舞台に、モダンデザインの歴史を生み出した、イームズ、ネルソン、ジラードとその仲間たち。彼等ミッドセンチュリー・デザインの立役者たちと直に交流し、デザイナーとして同世代を生きてきた著者が、92歳の今、全面的に改稿し、新たに世に送る、20世紀デザイン史の決定版。
内容(「BOOK」データベースより)
1970年代、アメリカ・デザイン界の「生の息吹」を日本に伝えた、雑誌『室内』の伝説の連載・「ハーマン・ミラー物語」。中西部の小さな家具メーカー「ハーマンミラー社」を舞台に、モダンデザインの歴史を生み出した、イームズ、ネルソン、ジラードとその仲間たち。彼らミッドセンチュリー・デザインの立役者たちと直に交流し、デザイナーとして同時代を生きてきた著者が92歳を迎えた今、全面改稿し、新たに世に送る、20世紀デザイン史の決定版。
内容(「MARC」データベースより)
ミッドセンチュリーの立役者たちが集った夢の場所・ハーマンミラー。イームズ、ネルソン、ノグチらの素顔を、彼らと交流のあった著者が熱気を込めて描き出す。1976~79年『室内』連載に加筆修正して単行本化。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
渡辺 力
1911年、7月17日東京生まれ。1936年、東京高等工芸学校木材工芸科卒業。1940年、東京高等工芸学校助教授。1943年、東京帝国大学助手(航空研究所出向)。1949年、「渡辺力デザイン事務所」設立。フリーランスデザイナーとなる。1952年、素地仕上げの木材、木綿の紐、座布団という材料と構成による「ヒモイス」を発表。同年日本インダストリアルデザイナー協会(JIDA)が設立され理事に就任。1957年、代表作である籐家具「トリイスツール」「円形センターテーブル」がミラノ・トリエンナーレで金賞を受賞。その後、旧東京ヒルトンホテル、軽井沢プリンスホテルをはじめとしたホテルのデザインシステムや、日比谷・第一生命のポール時計、成田空港の世界時計、「ヒモイス」をはじめとする家具・プロダクトデザインを多数手がける。1976年、紫綬褒章を受章。90歳を超えた現在も現役デザイナーとして活躍中(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1911年、7月17日東京生まれ。1936年、東京高等工芸学校木材工芸科卒業。1940年、東京高等工芸学校助教授。1943年、東京帝国大学助手(航空研究所出向)。1949年、「渡辺力デザイン事務所」設立。フリーランスデザイナーとなる。1952年、素地仕上げの木材、木綿の紐、座布団という材料と構成による「ヒモイス」を発表。同年日本インダストリアルデザイナー協会(JIDA)が設立され理事に就任。1957年、代表作である籐家具「トリイスツール」「円形センターテーブル」がミラノ・トリエンナーレで金賞を受賞。その後、旧東京ヒルトンホテル、軽井沢プリンスホテルをはじめとしたホテルのデザインシステムや、日比谷・第一生命のポール時計、成田空港の世界時計、「ヒモイス」をはじめとする家具・プロダクトデザインを多数手がける。1976年、紫綬褒章を受章。90歳を超えた現在も現役デザイナーとして活躍中(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)