米国では、リバタリアニズム、リベラリズム、コミュニタリアニズムなどが
実際に社会を動かし、国の将来を見定める地図の書き換えが、こうした政治思想
の下に、国民を巻き込んでおこなわれてきた歴史がある。一方、日本では、
どこを見てもこうした政治思想によって社会が動いてきた痕跡は、全く見当たらない。
特定の哲学・思想を用いて身近に起こりうる出来事を考えてみることで、
日本的な「学問」としての哲学は知的好奇心を十分に満たしてくれはするが、
現実の政治における私たちの意思決定の場面には全く顔を覗かせることがない。
この授業を受けているハーバードの学生さんたちには、こうした学問的訓練を
受けることで、現実社会のどこかへと着地していくことができる。しかし、
哲学・思想が大学の授業でしか生き残っていない日本では、サンデル教授から
学んだ政治哲学に着地点は存在しない。
上巻を含む本書は、哲学や思想を意識して考える訓練にはなるが、特定の思想や
思想家を深く知ったといえるほどの情報量を含んではいない(ハーバードの学生さん
たちは原典を読み、副読本を読んでいるが)。まして、事前に少なくともアメリカに
おける政治の動きを、政治哲学諸派の関係から理解していなければ、サンデル氏の
「白熱教室」の熱も幾分冷めてしまうだろう。
この講義が日本人にも開かれているとすれば、今、この瞬間にも、どんどんと
新しい状況が生み出され続ける私たちの社会を、普遍的な尺度で縛ろうとせず、
多元性を認め、さまざまな価値尺度を持つさまざまなコミュニティや個人の間の
相互尊重を重視していくことで、個々の問題に個々の「解」が見出されるという
期待を抱かせてくれるという点だろう。少なくとも、老練なスキッパーである
サンデル氏に導かれて、この本に登場した思想・哲学に触れていくことで、
私たちが慣れ親しんでいたものから遠ざけられ、安定した前提が不安定なものに
なってしまうことで、更なる思索のインセンティブにはなった。
自らのコミュニタリアンとしての哲学をカッコに入れ、批判の対象とすらした
サンデル氏のすばらしい講義に対して★4つとした。
大学などの授業における形式のみの"サンデル化"が問題視されているようだが、
「知りたい・学びたい日本人」に応える良質な議論があちこちで生み出され、この
「サンデル現象」によってもたらされた「哲学的に考え、議論を続ける」という
スタイルが、日本で広く根付くことを願う。