よみがえりました。私は1953年生まれ。このアルバムのリアルタイムの熱狂的な聴き手でした。1967年のこのアルバムは、すぐには日本で発売されず、若干の期間があいたように覚えています。私は発売後すぐ手にいれました。発売当日だったかもしれません。推察どうり、聴き狂う毎日がつづきました。皆さんは、当然だろう、とおっしゃるでしょうね、ロックの歴史に燦然と輝く名アルバムなのだから、と。ですが、当時は悲しいほどこのアルバムは聴かれませんでした。ジェファーソン・エアープレーンと込みでサイケデリック・サウンドなどと、くくられていました。しかも、ジェファーソン・エアープレーンの方がはるかに人気があるという有り様でした。ドアーズは現役中は日本において、最後までたいした評価は受けていなかったように思います。現在の評価は、コッポラとオリバー・ストーンの映画によるところが、非常に大きいと思います。当時、大評判をとった、地獄の黙示録の新聞の映画評で大岡昇平が映画本体をさしおいて、ジ・エンドを激賞したあたりから、風向きが変わり始めたように思います。日本の大作家が褒めあげ、そのあとアメリカの新進気鋭の映画監督が映画にするほどだ、という訳ですね。 クリームやジミヘン、そのあとのツェッペリンなどがリアルタイムで大人気だったのに比べて、その狭間でドアーズの埋もれようは理解しがたく、残念な思いをしたものです。もっとも、レコード会社にも、その一因はありました。当時の洋楽LPは、対訳はないのが普通でしたが、歌詞カードとライナーは必ず同梱されていました。とりわけ、歌詞カードは絶対付いていました。それなのに、このLPには付いていなかったのです。 そして、ライナーを裏ジャケットに刷るという乱暴をしました。このCDで裏ジャケットの写真をはじめて見ました。さて、この音源でドアーズを聴くことに何の問題もないと断言します。