「ザ・タワー」「シーマン」といった、ゲームを全然しない僕でも耳にしたことのある作品を創り出したゲーム作家の思考法、というのが気になって手に取りました。
著者は日常生活の中で「アレッ?」と思った場面を写真に撮ります。
コカコーラの自販機で、350mlの缶と500mlの缶が同じ値段で並んで売ってる。アレッ?
グアムの入国審査では2時間並んだのに、香港ではスイスイ入れた。アレッ?
Windowsのデータコピー中のダイアログに表示されるバーグラフって、何を示しているの? 「データ量」? 「時間」? アレッ?
プレイステーションとゲームキューブでは主電源スイッチの位置が違う。アレッ?
「月決駐車場・無断駐車厳禁・罰金2万円頂きます」。アレッ?
「アレッ?」と小さな違和感を持った瞬間に写真におさめておき、後でゆっくり考察してみる。すると思いがけない理由や発見がある。
それをちゃんと言葉や文章で表しているところが、「この人、スゴイ」と思いました。「VOW」みたいに面白がって終るんじゃなくて、もう一歩踏み込んで考えてみる。なるほど。
でも、みなさん、そもそもこんなに「アレッ?」と思ってますか?
僕は著者が気になって写真を撮った場面の多くを、無反応で通り過ぎていました。「当たり前」の基準が高くなっちゃってるんですかね? 世間ずれ?
クリエイターに限らず、「アレッ?」と思うことは実はすごく大切なことなんじゃないかな、と思います。
新しいアイデア、人を惹きつけるアイデアは人を巻き込んで、動かします。
今必要なのは、漠然としたアイデアじゃなくて、言葉できちんと伝えられる新しいアイデアと、揺るがない「個」なのかな、と考えさせられました。