ハングルに関する一般向けの浩瀚な概括をした良質な書籍が、新書という参照しやすいメディアで、手頃に入手できるというのは、これはとても有り難い話です。巻末の索引や参考文献も圧巻です。
本書ではそれに加えて、実に広い言語学分野の散策が可能であると言うことも、大きな魅力です。
音韻論から文字論、形態論に始まり、言語史、日朝漢の比較書記論、規範的言語論などの社会言語学や社会史、認知論など、ハングルをテーマとすることで、実に様々な視点を、相互の関連性を保ったまま、一つの書籍に無理なくパッケージ出来るということ、これは確かに希有なことであると、素直に感じます。
内容に関して異論が出てくるのも当然でしょうが、言葉に感心がある者ならば、読んで損をすることはまずないでしょう。
内容についてひとつ疑問点を付け加えると、ハングルという文字体系の優秀さについて、多少評価が一面的であるように感じました。朝鮮語にとってハングルが如何に優れていても、例えば英語などのように、複雑な音節構造、母音と子音の両様に振る舞うr, l, nなどの音素を持った言語について、ハングルのような表記システムが、著者も言うゲシュタルトなどの面で、どれだけ実用的に適用出来るかというと、かなり怪しいのではないかと思ったりします。まぁ、そのあたりは、別の形できちんと論じるべきものなのかも知れませんが…。
しかし、総じて、ハングルに対する著者の入れ込みが伝わり、読んでいるこちらもその著者の思考の磁場に吸い込まれ、知的興奮を味わえる、実にいい本だと思いました。