満州の牡丹江での4歳の記憶から始まる(それ以前は間島[カンド]に住んでいたが記憶がない)キム・ヘジャが、日本の敗戦、満州帝国の崩壊により、朝鮮へと難民同然で逃げ帰るまでの苛酷で壮絶であるが、なんとも人間らしい物語。
とくに家族をはじめ周囲の人々(伸二兄ちゃんとソンホなど)との、また友人(チョンミなど)との助け合いのなかで、ヘジャが短い期間に個人として成長していく様子がまぶしい。
ヘジャの家族はソ連侵攻により、八達溝(パダコウ)農場に一時逗留。彼女はここで大好きだったぺクさんの母親のハルモニと別れる。叔父、叔母ともに、伸二兄ちゃんがこっそり届けてくれたトラックでソウルに向かう。
ソ連兵士の目をかすめ、匪賊の襲撃に注意をはらい、国府軍と八路軍の内戦を避けて南下。豆満江(トマンカン)を渡り、会寧、清津、明川、元山、鉄原と別れた父親とあうことを希望に(父は関東軍に物資や資金を供給する日本の商事会社に勤めていたため狙われ、この八達溝農場から突然姿を消す)避難生活を続ける。
ようやく、ソウルに到着(本田屋旅館に投宿)。父はすぐには見つからなかったが、しばらくして邂逅した時には、既に重い病にかかって、その後まもなく亡くなった。そのことをヘジャは、ハルモニに手紙で伝える。
満州では日本人であったヘジャが、しだいに朝鮮人として自覚し、日本語がしだいに消え、朝鮮語が自然にでてくるようになるところは感動的。そんなヘジャは、「自分がりっぱになる。世界じゅう、ひとりひとりがみんなそうなればもう戦争なんかおきるわけがないんです。つまりよい朝鮮人になるということのなかにほかへの憎しみがまざってはいけない、愛でなくては」というハルモニの教えを、みんなに自慢したいのだった。