かつて、おそまつな海賊版とみられていた『第1クォート・ハムレット』(=Q1)は、最近の研究では、現行ハムレットが作られる過程を示す「原型」とみなされている。私の手元にあるArden版の『Hamlet』(2006)では、膨大な脚注も付録も煩わしいほど詳細にQ1との関連に触れている。成立史的には、Q1はそれほど重要なテクストなのだ。安西氏の邦訳は、貴重なお仕事であると同時に、シェイクスピア・ファンには福音である。現行版ハムレットは長すぎるので、あちこちカットして上演されるのが普通だが、Q1は分量が6割しかないので、その点でも注目されている。だが、邦訳を通読して感じたのは、ハムレットに特徴的なあの輝くばかりの科白が乏しいことである。たとえば、劇中劇で動揺した王クローディアスの祈り。(Q1)「どうやって天に祈ればよいというのか。ええい、ひざまずけ。膝を折って、神のお慈悲を乞い求めるのだ。さもなければ、絶望しかないのではないか」は、現行版では「助けたまえ、天使よ! やってみよう。曲がれ、頑ななひざよ。そして、鋼のような心よ、生まれたての赤子のように柔らかくなれ。それですべてうまくいく。」(河合祥一郎訳、角川文庫) ハムレットの死の場面では、(Q1)「さらばだ、ホレイショ。天よ、わが魂を、迎えたまえ。(死ぬ)」/(現行版)「ああ、もう死ぬぞ、ホレイシオ。・・・彼[=フォーティンブラス]に伝えてくれ、これまでに起こった事の顛末を。――あとは、沈黙。(死ぬ)」 そして続くホレイシオの「気高いお心が砕けてしまった。おやすみなさい、優しい王子様。天使たちの歌声を聞きながらお眠りなさい。」が、Q1にはまったく無い。このホレイシオの素晴らしい科白が欠けた『ハムレット』など考えられるだろうか? シェイクスピアはQ1を元に、科白を練りに練ったのだ。やはり長くなっただけのことはある。