江村氏には「ハプスブルク家」という名著があるが、それを通史とするならば、ハプスブルク家に生まれた、あるいは嫁いで来た女性に的を絞り、関連する事件にも触れた本書は、列伝を読むような面白さに満ちている。同家に関心のある人は、江村氏の「ハプスブルク家」と本書とを買って、まず「ハプスブルク家」を先に読むとよい。どちらの本も平易な文章で実にわかりやすい。ただ、「ハプスブルク家」は同家全体を総覧できる系図がなかったが、本書の巻末にはそれがある。よって、その系図を参照しながら「ハプスブルク家」を読むと、同家650年の歴史の概要を一層的確に把握できる。その後、本書を読めば、歴史ファンとしては同家について一通りのことは学んだと言えよう。第一章「ブルゴーニュ公家との縁組」は「ハプスブルク家」でもカバーされていたが、第二章のネーデルランド総督として尊敬を集めたマルガレーテからいよいよ本書の本領発揮で、最後の第八章まで読書の醍醐味を堪能できる。本書で教えられたことは多い。ブラジル皇后になった皇女、ともにバイエルンから嫁いで来たゾフィーとエリザベートの嫁姑の確執がエリザベートの放浪の一因となったこと等。特に最後の二章は、「ハプスブルク家」ではあまり触れていなかった第一次世界大戦前後の政局と同家の動静の理解に役立つ。マリア・テレジアまでは女性を「産むための機械」視してきた時代であり、女性は政略結婚の道具であることが当然だったが、19世紀に入ると(近代的自己の確立とでも言うべきか)ハプスブルク家の一員であることを苦痛に感じる男性が増え、身分違いの結婚に走ったり、皇族であることを拒否さえする者も登場し、逆に皇妃になった女性は行動力に富み、王家の絶対性に固執する者が登場するようになるのが興味深い。なお、本書ではマリー・アントワネットには触れていない(彼女の一生は有名すぎるので)。