本書は、ハプスブルクとオスマン帝国の外交史ではありません。オスマン帝国の脅威を最も受けていた時代に、「あの」ハプスブルクがどうヨーロッパ世界を防衛したかを描きます。
ハプスブルクに興味があれば「あの」ってのがどういうニュアンスであるかはお解りいただけると思います。戦争はからきし駄目で婚姻政策で自領を拡大し、ナショナリズムの時代に家の聖性を支配の源泉にしたあの時代錯誤のハプスブルク。
しかし一方で情報を重視し、いち早く郵便網を整備していたことは、菊池良生氏が
『ハプスブルク帝国の情報メディア革命―近代郵便制度の誕生』で描いたとおりです。また、本書においては、オスマン帝国と対峙していた局面でハプスブルク家が「情報の開示に基づく実証主義政治」を行い、分裂する神聖ローマ(ドイツ)の諸侯から援助を得ていたという、意外な一面が示されています。ハプスブルクには「情報」を武器とする伝統があった、のかな?
さて、中世の観念的な思弁政治ではなく、正確な情報に基づく実証政治を「発明」したのがハプスブルク家であり、また近代の世界システム(ウォーラーステインが提唱したアレ)を旧時代の地中海世界からもハプスブルクは守ったのだ、と著者はいいます。そして「国家の働きを無視して描かれた歴史は、現実から目をそむけたファンタジー」とまでいいきる著者は、ハプスブルク家を原点とした政治的プロセスに自覚的であることは今日的にも重要である、ともしています。
確かに「国家というものがなんだか解らない」とかほざいた上にファンンタジー的な言動を振りまき、何もしないまま退場した某国の宰相がつい最近いました。そういう人物をまた選んでしまうのは恥ずかしい。故に、政治について勉強しなければいけないと思いません?(蛇足)