物語の舞台は広島県福山市松永。表紙カバーの折り返しには、《「ハブテトル」とは備後弁で
「すねている、むくれている」という意味。「ハブテトラン」は否定形。》とあって、
どこかまあるい感じのする方言が、作中をぽんぽん飛び交う。
東京の小学校で、学級崩壊、担任教師の責任転嫁などで、学校に行けなくなった
5年生の大輔が、母の故郷である松永に2学期の間だけ転校する。
いつもの中島京子さんの含みのある文体とは異なって、ぐいぐい突き進んでゆく力強さに、
ちょっと圧倒される。
そして、好ましくない状況にある子どもが、迷いながらもいまを乗り越えようとする、
『ザ・ピルグリム』(島村洋子著)や『卒業うどん』(服部千春著)などを思い出していた。
祖母の幼なじみのハセガワさんのぶっとんだキャラクターがものすごくいいんだな。
ゲタリンピック、プリントップ、潮崎神社のだんじり……トピックスも盛り沢山。
そして、東京にいたときからずっと引きずっていたある事を、自力で
どうにか解決しようと決意するにいたる、気持ちの揺れ。
これを決行しているシーンが、まさに表紙カバーの絵なのだ。
このことによって、大輔がぐっと自信をつけ、成長したことはまちがいない。
一母親の立場としては、実際、子どもをあちらにこちらに動かすことは、
あまり感心できたことではない。元の学校に戻ったからといって、
全てがリセットされているわけじゃない。大輔の今後の課題を残しつつも、
描かれた物語はこのうえなく爽やかだった。
大輔に、対等に向き合ってくれたたくさんの大人と友人たちとの交わりが、
彼を成長させ、心の風通しがよくなったという大輔のことばを信じるのみだ。