川上弘美さんの書く本は昔から好きで、新刊本が出るたびに買っていた。人にあげたこともある。諸般の事情によりしばらく本が読めない時期があり、まだ読んでいない川上さんの本が幾つか文庫化されてるのを最近見つけて手に取った。
その中には、変わらぬ世界があった。
創造をなりわいとする小説家に対して“変わらぬ”という言葉がほめ言葉か分からぬが、評者にとって川上さんは変わって欲しくない作家だ。
最初の作品のタイトルは「琺瑯(ほうろう)」である。
“青いふちの白い琺瑯の洗面器、昭和半ばの小児科の診察室にあるみたいな洗面器”
こういう小道具ひとつで、世間から少し離れた、ゆったりとした時間の流れを作り上げる。“かりん”という擬音は初めて聞くが琺瑯の音を表すには似合っている気がする。
この話は、女と女の出会いと微妙な関係を描く。関係はやがて終る。…おしまい。短い。
この本には26編の作品が治められている。平均10ページに満たないとても短い作品だ。評者が知る限りでは川上さん初めての試みだと思う。
これがすっぽりと合ってる。短編だからとひねった展開をするわけでは無い。いつも通り、ゆっくりと始まりゆっくりと終る。その間の展開は有る。でも展開が早いわけでは無い。
読後の感覚も長編と似た感じ。物足りない感じはしない。ちょっと不思議だ。
本書に含まれているのは、だいたい以下のようなものである。
・家事などの日常の細事をきめ細かく積み重ねた表現。
・しっかり読まないと、舌足らずに聞こえそうな優しい文体。
・隣町までで世界が出来てるような、小さく包まれた空間。
・ちょっと世間に取り残された感じ。でも二人なら都合が良さそう。
・適量の酒が引き出す上品な色香。
・倫理の壁をふわりと越える、まじめな男女。
全体的に登場人物の年齢は上がった気がする。川上さんの描く登場人物も歳を取るのだな、と思う。でもふわりとした浮遊感は変わらないみたいだ。